書き手の心理を判定

 大量の情報を瞬時に分析し、パターンを見つけ出し、新たなデータに対してもそのパターンを当てはめて推論していく──。AIの強みを一言で述べるとこうなるが、経済予測においては、加えて重要なメリットがある。思い込みや特定の単語に引っ張られた印象を排除した客観的な分析が可能な点だ。

 野村証券は「金融経済月報」(日本銀行)や「月例経済報告」(内閣府)などの文書をAIに全文読ませ、各文章の景況感を数値化。文書全体の平均値を「野村AI景況感指数」として昨年12月から毎月発表している。

 従来からある「テキストマイニング」では単語の出現頻度など表層的な情報しか分析できなかった。だが、ディープラーニングを活用したAIは「肯定・否定が混在する長文や係り受けなどの分かりにくい表現にも対応可能」(同社金融経済研究所の水門善之エコノミスト)。

 野村証券は開発したAIに“教材”として「景気ウォッチャー調査」を読ませ、景況感の指数化という作業を学ばせた。同調査には全国の様々な職種の人たちに景気動向について尋ねた結果を掲載している。各コメントには5段階の景気の現状判断が付いているので、AIは過去の調査を読み込むほど高い精度で文脈から景気の水準を判断できるようになる。

 AIがはじき出す指数は公式文書が示す景況感を指数化したものであり、政府の政策決定の予測ではない。執筆に携わった担当者らのセンチメント(心理)を定量的に補足しようという試みだ。そのため指数を実際の政局と照らし合わせると興味深い相違が浮かび上がることもある。

公式文書の一文ずつ点数化
●「野村AI景況感指数」の仕組み

AIの想定外だった増税延期

 「リーマンショックや大震災のような事態が起きない限り、消費税の再増税を延期しない考えに変わりはない」。安倍晋三首相らは今年3~4月にこのような説明を繰り返し、予定通り消費税を10%へ引き上げる意向を示していた。6月1日に増税延期を発表したが、延期決定の背景説明には違和感を覚える専門家も多かった。

 実は、野村AI景況感指数も、そうした見解を支持する動きとなっていた。同指数を見ると、リーマンショック後の落ち込みは11ポイント、東日本大震災後は9ポイントだ。一方で2年前の消費増税後は7ポイント、熊本地震後は1ポイントしか下がっていない。つまり「リーマンショックや大震災時のような事態は起きていなかった」わけだ。

 個人投資家にとってはマクロな経済環境の先行きはもちろんだが、より直接的な投資判断に生かせる予測が気になるだろう。個別の上場企業に関する予測サービスも近く誕生しそうだ。

 フィスコは現在、AIによる株価予測システムの開発に取り組んでいる。3500を超える上場企業をアナリストがカバーすることは難しいし、全上場企業の決算情報に個人が目を通すことも困難だ。だが、膨大なデータを瞬時で分析できるAIなら個別銘柄の株価予測も不可能ではない。

 同社は決算や経済情報だけでなく、決算説明会やアナリストによる取材時の経営陣の発言まで分析の対象に加える。内容の強気・弱気、業績予想が保守的かといった曖昧な情報まで蓄積したデータから照らし合わせて判断に生かす。課題は予測情報をいかに事業につなげるかだ。機関・個人投資家への情報提供だけでなく、上場企業向けにIR(投資家向け広報)コンサルティングも検討している。

 予測の裏をかこうという投資家の動きにAIはどう対応するのか。相場でAI同士が運用を競うと勝敗を分けるのは何なのか。好奇心をかき立てられるのはAIによる経済予測が緒に就いたばかりだからだ。

(日経ビジネス2016年6月20日号より転載)