(日経ビジネス2017年6月12日号より転載)

虫に犬、そして人間。多くの生物が持つ「臭い」を感じる仕組みが、がん検査に革命を起こそうとしている。
日立製作所は今年4月、新しい仕組みのがん検査装置を試作したと発表した。人間の尿をシャーレに載せると、その人ががんに罹患しているか、高い確率で判断できるようになる。
この装置で尿を分析しているのはセンサーなどの機械類ではない。「シー・エレガンス」と呼ばれる体長1mm程度の「線虫」だ。取り扱いが容易で大量培養できることから、科学実験などに幅広く使われてきた。この線虫の特徴は、人間の100万倍ともいわれる犬と同等か、それ以上に優れた「嗅覚」を持つこと。目がない代わり、鋭敏な嗅覚で餌を判別して近づいていく習性がある。
線虫を使ってがん検査する仕組みを考案したのは、九州大学助教でHIROTSUバイオサイエンス(東京・港)社長の広津崇亮氏。がん患者に特有の臭いがあることは関係者の間では知られており、その臭いを犬にかがせて、がんの有無を探る試みもあった。「ならば線虫にだって分かるはずだ」と、大学で嗅覚のメカニズムを研究していた広津社長は考えた。
実験結果は予想通りだった。シャーレの左側に人間の尿を垂らし、真ん中に50~100匹の線虫を配置する。垂らした尿ががん患者のものだった場合、30分程度で線虫は左側に寄っていった。一方で健常者の尿からは、線虫が遠ざかっていったのだ。
がん細胞が出す何らかの物質が尿に溶け込み「線虫がこれを餌と勘違いして近づいてくるのだろう」と広津社長は考えている。だが、その成分が何なのかはまだ解明できていない。「線虫がかぎ分けている臭い物質はごくわずかで、世界最高水準の分析機器でも捉えきれない」からだ。
広津社長は線虫によるがん検査を「N-NOSE(エヌ・ノーズ)」と名付け、感度(がん患者をがんであると判断できる確率)を高める工夫を重ねてきた。現在では、胃がんや大腸がんなど10種類のがんについてその有無を判別でき、検査の精度を9割以上に高めることに成功したという。
![]() 体長1mm程度の線虫「シー・エレガンス」(右)をシャーレの中心に配置し、人間の尿を垂らして検査開始
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●がん患者の場合
![]() がん患者の尿の場合、これに含まれる何らかの成分にひかれて線虫が近づいていく
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●健常者の場合
![]() 健常者の尿からは離れていく。がん患者の尿を餌、健常者の尿を外敵と判断している可能性がある
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