「スポーツデータ分析」最前線、動画活用がカギ
ドローン、ミサイル追尾技術、3Dレーザーセンサーなど
スポーツのプレーデータを収集・分析することが身近になりつつある。背景にはデータ収集機器が安価になったことと、使い手の意識向上がある。能力向上だけでなく故障を予見して回避するなど使い方も高度化している。
スポーツ界ではプレーデータの分析・活用が進む
●サントリーサンゴリアスの分析の流れ
(写真=北山 宏一)
「オッシャー!」「オイ!」「ブーン」──。東京都府中市にホームグラウンドを持ち、トップリーグに加盟しているラグビーチーム「サントリーサンゴリアス」の練習グラウンド。ここでは、選手の威勢のいい掛け声とともに、くぐもった音が必ず聞こえる。これは選手の頭上約10mを飛行する「ドローン」の動作音だ。
サンゴリアスは2015年7月からドローンを導入し、練習を頭上から撮影している。チームのコーチやアナリストと呼ぶ専門家が、動画のプレーデータを分析してチーム強化を図るためだ。チームのアナリストである須藤惇氏は、「プレーデータの分析で、チームの改善点がより明確になった」と語る。
死角の排除で分析力向上
これまでも動画は撮影していたが課題があった。「横からの撮影だと選手間の距離がつかみにくかった。逆サイドの選手が映らないなど死角ができることも難点だった」(須藤氏)。
ドローンは頭上から撮影するため、選手間の距離や、グラウンド全体で選手がどうポジションを取っているかなどを俯瞰して見やすくなる。ドローンの採用により、チーム全体としてのプレーデータを蓄積する体制が整った。
高度な分析はこれからだが、既に効果も出ている。パスの距離が長すぎて相手にボールを取られる、反対サイドにボールを運べればチャンスなのに運べないといったパターンが多いなど、うまくいかなかった理由をより正確に分析できるようになった。
プレーデータは選手がスマートフォン(スマホ)からも見られるようにした。選手の課題に合わせて動画を編集したところ、距離間やポジショニングについて話し合う機会が格段に増えた。
ラグビーでは多くのチームがユニホームにGPS(全地球測位システム)センサーを入れ、選手の動いた場所や距離などを計測している。須藤氏も「データ分析に積極的なスポーツだけに、公式戦でも今後ドローンなどで撮影した動画が利用されるかもしれない。先回りで分析に磨きをかける」と意気込む。
現在は選手が倒れてから起き上がるまでの時間の計測、ポジショニングごとのトライ成功率の分析、選手ごとの貢献度の数値化などデータ活用のトライアルに取り組んでいる。
これまでは一部のプロスポーツで行われてきたカメラや分析システムを用いた高度なデータ分析は、ほかのプロスポーツやアマチュアスポーツの領域にまで裾野が広がっている。背景には撮影機器やスマホなど視聴機器が安く手に入りやすくなったことがある。データ分析サービスを手掛けるデータスタジアムの加藤善彦社長は「多くのスポーツでプレーデータ分析の結果を目にする機会が増え、使い手側の意識が高まったことも大きい」と語る。
選手のケガも事前に予測
世界中にプロリーグがある野球やサッカーはチームの成績がビジネスに直結するため、データ分析が以前から盛んだ。例えば野球ではピッチャーの投げる球種やコースの傾向、バッターの球種やコース、カウントごとの打率などが各チームで分析されている。いわゆる「データ野球」と呼ばれるものだ。
ここにも進化の波が押し寄せ、ボールや選手の動きを分析する技術が実用化されている。ボールがピッチャーの手を離れてからキャッチャーのミットに収まるまでの軌道、バッターが打った瞬間の打球の角度、速度、ミートポイント、バッターが打って野手が捕るまでの打球の方向や速度などが詳細に分かる。球場に特殊なカメラを複数台設置し、ミサイルを追尾する軍事技術を基にしたソフトと組み合わせてデータを取得している。
投球の結果だけでなく、ボールの軌道解析も可能に
●野球のプレーデータ分析の例
この新たな分析システムを提供しているデータスタジアムの加藤社長は、「ボールの曲がり幅、落ち幅、回転数、初速と終速、ベースの上を通過した時の位置まで分かる」と説明する。
データを蓄積して分析することで「棒球は打たれる」「6回に崩れる」などこれまで感覚的だったものが、「速度が同じでも回転数が落ちている場合は打たれやすい」「6回あたりからスライダーの曲がり幅と落ち幅が小さくなる」など明確なデータを基に課題を認識できるようになる。米国のメジャーリーグでは、1塁側に極端に内野手を集めるといった極端な守備シフトを採用する例が広がっているが、これは打球方向のデータ解析の結果だという。
最新の分析では、試合ごとの落ち幅や曲がり幅、回転数の推移から、故障を予見できる可能性があることが分かってきた。今後もデータの蓄積により新たな用途が広がっていくだろう。
体操選手の動きを3D分析
他の競技でも、選手の細かい動きにデータ分析のメスを入れようとする試みが始まっている。一例が、富士通が2016年5月17日に公開した体操競技のデータ分析だ。これは日本体操協会と協力しながら研究開発を進めている。
体操データの分析では、選手の体勢や回転の角度や速度をリアルタイムで認識できるようにした。
データは3Dレーザーセンサーと骨格認識技術を組み合わせて取得している。1秒で30コマ、1コマ当たり7万6000カ所にレーザーを照射して、跳ね返ってくるまでの時間から選手の体の凹凸を認識する。その結果から関節部分を推定して動きを分析するという仕組みだ。モーションキャプチャーのように体に目印を付ける必要はない。
体操選手の体の動きを認識する
●富士通が開発した3Dレーザーセンサーの映像
1秒当たり30コマのデータを取得し、関節を曲げている角度や体の回転速度などが把握できる
日本体操協会の渡辺守成・専務理事は「体操の技は微妙な体の向きや回転速度で成否が変わる場合がある」と話す。これをデータ分析により「失敗する場合は足を上げる角度が小さい」など原因を正確に把握できるようになる。分析技術を開発した富士通研究所・ライフイノベーション研究所の佐々木和雄所長は、「競技データが蓄積されれば、分析により未知の新技を生み出せる可能性もある」と説明する。
個人の技術向上にも広がる
●「M-Tracer For Golf」で測定したスイング時のクラブの軌道
スイング開始から終わりまでの動画をスマホで自動で撮影できる機能もついている
一般のスポーツ愛好者でも使えるデータ分析ツールも増えている。アディダスジャパンのセンサー内蔵サッカーボール「マイコーチスマートボール」やソニーのテニス用センサー「スマートテニスセンサー」などがそうだ。
セイコーエプソンは2016年4月、ゴルフスイング診断機「M-Tracer For Golf」の専用解析アプリの機能を大幅拡充した。診断機自体は15gと小さく、クラブのグリップ下に取り付けて使う。
スイングを始めてからボールを打つまで、1000分の1秒間隔で移動の向きや速さ、衝撃を感知してデータを取得する。スイングの軌道やヘッドの速度、ヘッドのどの位置にボールが当たったか、フェース角など多くのデータが得られる。それらを基にスイングが「Vゾーン」と呼ばれる範囲内に収まっているかなど専門的な分析ができる。アプリで、改善点を示すプロの説明やスイングの動画も見られる。
スポーツは猛練習より的確なデータ分析が重要。そんな時代がもう来ているのかもしれない。
(日経ビジネス2016年5月30日号より転載)
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