飯田:自分としては地味な企画だったなと思っているんですが、実際にまとめてみると結構ハマって、ね?(笑)
 構成もすごく細かく見ていただいたし、ある例が要るか要らないかを審査する時にも、やはり自分の実生活でこのコピーに触れたことがあるとか、このコピーはまた別の機会で使えるとか、あるいは何か刺激に変えられるかということを基準に選んだりしたんです。
 地味でありながら、入り込むと結構奥が深い。それこそ言葉って切りがないし、人の数だけ解釈がありますから、それを押し花みたいにしてちょっと皆に見せられたのはすごくいい機会だったと思います。

「写経」から見えてくるもの

梅田:コピーライターってたいてい「写経」をやるんです。『コピーライターズ年鑑』といった本を使って、年度ごとに1998年度から19とか、ひたすら書き写していくんです。

飯田:うわ、地味な作業(笑)。

梅田:それを自分なりに整理するのですが、どう整理するのかというと、手法別で整理していくんです。これはプラスの誇張をしている、マイナスの誇張をしているとか、擬人法を使っているとか。
 いろいろな整理の仕方があるんですが、テクニックの手法で自分の中で整理することが多い。でもそこで整理できるのは「書き方」でしかないんです。「意味の解像度」は深まってない。

飯田:整理して、箱別に入れたってだけの話ですよね。

梅田:はい。なので、例えば新しいクライアントが来たら、Aの手法を使ってみよう、Bの手法を使ってみよう、Cの手法を使ってみようとなると、表現はできるんですが、意味は深まらない。「言い得て妙」はあるんですが。
 でも、表現が増えるだけで意味が深まっていかないものって、半年くらいで飽きられてしまうし、1年後にはまたもう1回ブランディングや、年の後半で何をやってきてないかを考えましょうという話になっちゃうんです。

 でも、意味を深めることの方が大事なのであれば、飯田さんの本のように「そもそもの言葉の意味は本来こうなのだけれど、広告の中で使うとこういうふうに広がるんだよ」といった示唆を与えてくれているものこそ勉強すべきだと思います。
 まあ写経は写経でやる。やればいいと思うんですが、それとは別に、自分の意味の解像度を高めていく作業は大変なので、そのあたりもね。

飯田:そうですよね。ちなみに、写経をしたらコピーがかなり書けるようになるといった効果はあったんですか?

梅田:まあ、なくはないですね。

飯田:なくはない(笑)。

梅田:ただ、写経をしても「芯は食わない」んですよ、表現が増えるだけで。手で書くことはできるんです。だから、1つのものに対して仮に「コピーを100個書いてこい」と言われたら、100個そろえることはできるんですよ、手法があれば。

飯田:なるほど、なるほど。手法が100種類あれば、同じことを違う切り口で表現することができるわけですね。色目を変えて。

梅田:それこそ10個の表現手法があれば、1つに対して10個打てば終わりなので、そろえられるんですよ。でもそろえられるだけで、それが本当に芯を食っているかという話とはまた別なんです。
 ある言葉なりメッセージなりが今、本当に世の中に届くのか、フィットしているのかどうかは、手法とは関係のないところにあります。僕は意味がないと思っています、その100本には。