傑作コピーの頻出語句を抽出した辞書『
「あ、それ欲しい! 」と思わせる広告コピーのことば辞典(以下『広告コピーのことば辞典』)の著者である中央大学商学部教授の飯田朝子さんと、缶コーヒーのジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」など数々の傑作コピーを生み出している電通のコピーライター、梅田悟司さん。対談の第2回では、お二人の共通課題である「コピーライティングはどこまで体系化できるのか」について深く掘り下げていきます(文中敬称略)。
(前回から読む)
『広告コピーのことば辞典』では、3000余りの実際に使われた傑作コピーをいったん語句に解体して辞書の形に編み直しましたが、飯田さんは何がきっかけで、こうしたことをやってみようと思いついたのですか?
飯田朝子(以下、飯田):人を惹き付ける引力の強い言葉は、決まっているような気がしていたんです。でも、コピーライターの方が書いた本を読むとサクセスストーリーのようなものばかりで、たまたまその時、時代の空気を読むことができてうまく当てられたのか、それとも何か傾向のようなものがあるのかということが、わからなくなっていて。
実際にコピーを集めて体系化してみると、ある程度、傾向があることが見えてきました。例えば「長いコピーより、短いコピーの方が歴史的には残りやすい」であるとか。こういった傾向をただ単にデータにして残すだけ、授業で話して終わりにするだけでなく、本にまとめることで現場の人に気づいてほしいと思ったんです。
もちろんクリエーターとしては、まねをしてはいけないのですが、「叩き台としてこういった事例がある」「先人たちはこういうふうにやってきた」「2000年代に入ってからガラッと風潮が変わった」といったように、コピーライティングを少し歴史的に捉えてもらうことができれば、コピーがもっと面白くなるのではないかと感じているんです。
飯田朝子(いいだ あさこ) 1969年、東京都生まれ。東京女子大学、慶應義塾大学大学院修士課程を経て、1999年、東京大学人文社会系研究科言 語学専門分野博士課程修了。博士(文学)取得。専門は日本語語彙論。現在は中央大学商学部教授として、課題演習「 買いたい気持ちに火を付けるコピーライティング:広告表現研究」と基礎演習「商品名と広告コピーの研究」を担当。 著書に『数え方の辞典』、『アイドルのウエストはなぜ58センチなのか 数のサブリミナル効果』(以上、小学館) 、『ネーミングがモノを言う』(中央大学出版部)、『日本の助数詞に親しむ 数える言葉の奥深さ』(東邦出版)な どがある。2015~2017年、米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員研究員。第53、54回宣伝会議賞協賛企業賞受賞 。(写真=的野弘路、以下同)
梅田悟司(以下、梅田):僕、その課題感、すごく近いところがあります。
飯田:そうですか!
梅田:コピーライティングというか、広告全般に言えることですが、「クライアントの事情は個々に違うので、同じようなフレームワークは通用しない」と思い込んでいる人が多いんです。それは、自分の今いる地点がゼロで、到達しなければならないところが10だと定義しているに過ぎません。
でも、ゼロから3くらいまでは体系化できるし、すでに体系化されているものがあるはずなんです。それを無視して、体系化されたものなど使えるわけがないというのは、すごく損をしている。
僕が『「言葉にできる」は武器になる。』を書いたのも、実は「共通化できるところがあるよ」という話なんです。10まではできないとしても、ゼロから4くらいまでは共通化できるところがあって。そこから始められれば、僕が10だと思っていたものが12や13まで行ける可能性もあるし、僕がいなくなってからも続けていくことができる。その可能性を伸ばすという意味で、僕も同じ課題感を持っています。
飯田さんの本にはまさに、今までの先人たちが集めてきたもの、作ってきたものがある。これをベースとして、自分をゼロから3くらいまで引き上げるために使えるのかどうか、使おうと思う気持ちがあるのかどうかが試されているような気がします。
梅田悟司(うめだ さとし) 電通コピーライター・コンセプター。1979年生まれ。上智大学大学院理工学研究科修了。レコード会社を立ち上げた 後、電通入社。国内外の広告賞・マーケティング賞をはじめ、3度のグッドデザイン賞や官公庁長官表彰などを受ける 。CM総合研究所が選出するコピーライタートップ10に、2014~2016年と3年連続で選出。最近の主な話題作は、ジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」「この国を支える人を支えたい。」、タウンワーク「その経験は味方だ。」「バイトするならタウンワーク。」がある。TBS日曜劇場『99.9~刑事専門弁護士』『小さな巨人』などではコミュニケーション・ディレクターを務めるなど、活動領域を広げている。著書に『「言葉にできる」は 武器になる。』『企画者は3度たくらむ』(いずれも日本経済新聞出版社)、『誤解されない話し方 説得力より納得力』(講談社)。
飯田:自分としては地味な企画だったなと思っているんですが、実際にまとめてみると結構ハマって、ね?(笑)
構成もすごく細かく見ていただいたし、ある例が要るか要らないかを審査する時にも、やはり自分の実生活でこのコピーに触れたことがあるとか、このコピーはまた別の機会で使えるとか、あるいは何か刺激に変えられるかということを基準に選んだりしたんです。
地味でありながら、入り込むと結構奥が深い。それこそ言葉って切りがないし、人の数だけ解釈がありますから、それを押し花みたいにしてちょっと皆に見せられたのはすごくいい機会だったと思います。
「写経」から見えてくるもの
梅田:コピーライターってたいてい「写経」をやるんです。『コピーライターズ年鑑』といった本を使って、年度ごとに1998年度から19とか、ひたすら書き写していくんです。
飯田:うわ、地味な作業(笑)。
梅田:それを自分なりに整理するのですが、どう整理するのかというと、手法別で整理していくんです。これはプラスの誇張をしている、マイナスの誇張をしているとか、擬人法を使っているとか。
いろいろな整理の仕方があるんですが、テクニックの手法で自分の中で整理することが多い。でもそこで整理できるのは「書き方」でしかないんです。「意味の解像度」は深まってない。
飯田:整理して、箱別に入れたってだけの話ですよね。
梅田:はい。なので、例えば新しいクライアントが来たら、Aの手法を使ってみよう、Bの手法を使ってみよう、Cの手法を使ってみようとなると、表現はできるんですが、意味は深まらない。「言い得て妙」はあるんですが。
でも、表現が増えるだけで意味が深まっていかないものって、半年くらいで飽きられてしまうし、1年後にはまたもう1回ブランディングや、年の後半で何をやってきてないかを考えましょうという話になっちゃうんです。
でも、意味を深めることの方が大事なのであれば、飯田さんの本のように「そもそもの言葉の意味は本来こうなのだけれど、広告の中で使うとこういうふうに広がるんだよ」といった示唆を与えてくれているものこそ勉強すべきだと思います。
まあ写経は写経でやる。やればいいと思うんですが、それとは別に、自分の意味の解像度を高めていく作業は大変なので、そのあたりもね。
飯田:そうですよね。ちなみに、写経をしたらコピーがかなり書けるようになるといった効果はあったんですか?
梅田:まあ、なくはないですね。
飯田:なくはない(笑)。
梅田:ただ、写経をしても「芯は食わない」んですよ、表現が増えるだけで。手で書くことはできるんです。だから、1つのものに対して仮に「コピーを100個書いてこい」と言われたら、100個そろえることはできるんですよ、手法があれば。
飯田:なるほど、なるほど。手法が100種類あれば、同じことを違う切り口で表現することができるわけですね。色目を変えて。
梅田:それこそ10個の表現手法があれば、1つに対して10個打てば終わりなので、そろえられるんですよ。でもそろえられるだけで、それが本当に芯を食っているかという話とはまた別なんです。
ある言葉なりメッセージなりが今、本当に世の中に届くのか、フィットしているのかどうかは、手法とは関係のないところにあります。僕は意味がないと思っています、その100本には。
飯田:でも、自分では意味がないと思ったコピーが、「意外といいね、これ」と採用されることはないですか?
梅田:若い頃はありました。それは恐らく、考えることよりも書くことに一生懸命になっていて、自分が今、何を書いてるかわからないというところまで来ていたんだと思います。そこで冷静な目が入ることによって、「これ、実はいいと思うよ」と言われる状況だったんです。
でも、僕はもう13、14年目になってきたので、それではダメだという側です。これを言うべき、だからこれを表現するという。100本そろえることより、本当に届く1本をどう作ることができるのか。そのための試行錯誤の100本をやっている感じです。同じ「100本」でも、その意味がかなり変わってきています。
「100本」の意味
飯田:なるほど。若いクリエーターの人はとにかく100そろえたり、ちょっと面白いことを言ってやろうといったことがメインになってしまって、メッセージ性がちょっとブレてしまったりするのでしょうね。
梅田:そうなんですよね。それが、広告が独りよがりになっているいちばんの原因だと思います。
飯田さんは「2000年からちょっと広告表現が変わった」と仰っていましたが、具体的にはどんなふうに変わったのですか?
飯田:やはりネットを意識するようになってきたという感じです。検索されやすい言葉を入れるとか、あるいは、バナーにした時に目移りがいいとか、キレイに収まるとか、画面での見映えが重視されていると思います。ツイッターなどSNSが出てきた後には、言葉いじりが始まったかなという感じはしていて。
それまではCMソングにするとか、有名人に言わせて流行語にするといったことがメインでしたので、トレンドがかなり違う感じがしています。
梅田:なるほど、確かに2000年以降は、一つの使い方より、勝手に遊べる、勝手に広がることができるものが増えてきたように感じます。
研究にとどまらず、コピーライティングの賞に応募されていますよね。しかも、きちんと結果を出しているのがすごい(「宣伝会議賞」協賛企業賞を第53回と54回に連続受賞)。なぜ応募しようと思ったんですか?
梅田:普通は……
飯田:しないですか?
梅田:応募すると結果が出てしまうじゃないですか。日ごろ発言していることが実証されるかどうかが明らかになってしまうので、普通やらないと思うんですよ。
自分が考えてきたものを形にして「ほら、獲ったでしょ」というところまでできるのは、他になにがしかの思いがあるのかなと思っていました。
飯田:いえ、学生の前で偉そうに話しているから、「じゃあ、先生はどうなんだ」といったところはありましたし、私自身、言語学の畑でずっとやってきて、広告の仕事をしたこともないので、立場的に弱かったんです。
一度、大御所コピーライターの方にお会いした時、「大学の教員をしてるんだ。つまらない仕事をしてるんだね」と言われまして。確かにまあ、つまらないところもありますけれど(笑)。でもそれ以上に、コピーを1本も書けていない自分は、確かに大御所コピーライター氏から見たらつまらない人間だなと思いまして。それで「宣伝会議賞」にはチマチマ応募していたんです。2010年から。
梅田:なるほど。
飯田:2015~2016年に米国に滞在していて、授業をすることもほとんどなく、日本に比べて忙しくなかったので、じゃあネットで応募できるしと、毎年1500本送っていたんです(笑)。
梅田:なかなかですね。
飯田:でも結局ね、面白いことに、1年目の方が一次通過率とか全然いいんですよ。倍くらいいいんです。45~46本通ったんですね。2年目は19本しか通らない。
その理由を考えると、やはり日本にいないからなんです。日本にいないので、日本のトレンドももちろんわからないし、それこそ「文脈」がわからないんです。
梅田:なるほど。
飯田:日本語で話しているし、日本語がいちばん得意な言語ではあるのだけれど、広告って生き物だから、そういう空気の中で発せられて初めて力を持つ、命を吹き込まれるところがあって。
2年目はブラックボックスの中にいるようで、商品も買えませんし、ネットで調べてもわからないことがありました。日本に帰ってきて、改めてやはり日本の広告に囲まれているというのがすごく大事な環境なんだなと思いました。
梅田:アカデミアでおやりになっている方が自分なりの論をお持ちで、それで宣伝会議賞とか通過し始めると、それでビジネスされたら面白いんじゃないかなって思うんですけど。
飯田:あはは(笑)。ビジネス、新商売ですかね。講義してね(笑)。
“子育て”がいちばん大切
梅田:僕らは論がないんですよね。そこを作らないといけないのですけれど。
プロを名乗るのであれば、本当は毎回80点を出さないといけないはずなんですね。ただ、毎回80点出せない人が多い。そこがいちばん課題であるはずなんですが、競合があるとか、忙しいとか、いろいろな言い訳があります。
僕は絶対に自分の仕事では80点以上を取る。そのためには自分なりのノウハウを加えていかないといけない。それを基にいくつかやってきて、うまく行っているので、じゃあそれを本にしようと。僕の思考の中ではそうなんです。
だからこそ、飯田さんがやっている「本当にここまで考えれば、ある程度のことはできるはずだ」というものを、どうやって皆に配っていくのかを考えることは、生み出してしまった以上、責任だと思いますよ(笑)
飯田:「子育て」しないとね(笑)。子育てがいちばん大切、大変ですからね(笑)。
学者でこういうコピーに足を踏み入れている人はいないんですか?
梅田:僕の知っている中だとやはり経営です。経営の中で、クリエイティブもちょっとやっていたりですとか。表現まではいかないで、消費者行動論といったところで止まっていますね、皆さん。または「クリエイティブ領域と呼ばれているところには、私には才能がないから踏み込めません」と躊躇(ちゅうちょ)されている方がすごく多いと思います。
でも、人間というのはこういうふうに動くものだから、企業は人を中心にこう考えるべきなのではないかというところまでは、経営学の中では皆さん認識しています。
飯田:梅田さんの考えていることと、すごく重なっていますよね。
梅田:はい。やはりゼロから10の話に帰着してしまうんですけれども。
常にゼロから10を考えることはもうできない、と僕は思っているんです。1年に一つか二つくらいいい仕事ができるとすると、定年まで仮にあと20年と考えると、もう40個くらいしかいい仕事ができないことになるんです。それを考えるならば、ゼロから3、ゼロから6くらいのものを、アカデミックに正しいことも含めて、きちんと体系化していかなくてはならない。
6からスタートできれば、今まで1個か2個だったものが、もしかしたら3に増えるかもしれない。もしくは、それを広げることによって、自分の業務としては1しかできないかもしれないけれど、僕がゼロから6まで積み重ねてきたものを若者にインストールして、彼らが1年に1個でもやってくれれば、100人いたら100個になりますよね。その方が世の中のためになるのではないかと思い始めています。
飯田:立派ですね。でも私、梅田さんにお会いしてね、こういった感性や知性を実務ですり減らしてほしくないと思いました。
梅田:そう言っていただけると、すごくうれしいです。もう毎日すり減らしていますからね(笑)。やる気、やる気だけですね。そればっかりは、すり減らそうと思っても、手前にやらないといけないことがあるので。
飯田:まだお若いから何となく全部回せちゃうんでしょうけれど、40代になると大変です。自分のどこを削って仕事をしていくかって、結構重要ですよね。
梅田さんは落ち着いていらっしゃるけれど、すっごい野心家でいらっしゃるでしょう?
梅田:恐らくそうだと思います。
飯田:そういう人が実務で細かいところで疲れたり、すり減ってしまったりするのは、私はもったいないなと思うんです。
梅田:飯田さんのその考え方は素晴らしいと思います。広告ってやはり、人との関係の中とか生活の中で機能するべきものなので、ちゃんと生活していることがベースにないと、いいものって作れないはずだと思うんですよ。
普通に生活している人たちがいちばんいい広告を作れるはずだという前提に立たなければならない時代にもなってきていますし。
「育休」に代わる言葉を
飯田:そういえば私、「育休」という言葉はよくないと思うんです。「休む」っていう字を使っているのがよくない。
そうですよね、休んでいませんし。
梅田:終わりのない仕事ですよね。
飯田:通常の仕事ができないくらい家庭が火の車だから、仕事をちょっと中断させてくださいという特別な期間なのに、「休む」とか書くから、「お前いいな、子どもと二人、のんきに遊びやがって」といったふうになって。
よくないです。あのネーミングを変えなきゃいけない。
お二人で「育休」に代わる適切な言葉を考えたらいいんじゃないでしょうか。
飯田:ね。あれは「育働(いくどう)」だと思います、本当に。
梅田:今まさにその「育休」を一つのキャリアとして考えようといったことが言われるようになってきましたね。
どんな会社も人の生活の上に成り立っていて、誰かからお金をもらうことで成立しているとするならば、生活を基盤にしないとおかしいんです。B2B企業だろうと、B2C企業であろうと、人の生活の役に立ってお金をもらっていることに代わりはありません。ですから、ちゃんと休んで、ちゃんと仕事をして、正当に評価をされるというのが望ましい姿だとは思いますけど。
飯田:そうですよね。それがなかなかね。
梅田:なかなかね。なかなかなんですよね。
(続く)
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