auが好調のKDDI、増配はいつまで続く?
ビジネススクールで教えている会計思考[株主還元編]
経営と会計のつながりを解説した『ビジネススクールで教えている会計思考77の常識』の番外編として、株主還元に関連する「7つの常識」を解説する。
<著者プロフィル>
西山 茂(にしやま・しげる)
早稲田大学ビジネススクール教授。早稲田大学政治経済学部卒。ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA修了。監査法人トーマツなどを経て現職。学術博士(早稲田大学)。公認会計士。主な著書に、『企業分析シナリオ第2版』『入門ビジネス・ファイナンス』(以上、東洋経済新報社)、『戦略管理会計改訂2版』(ダイヤモンド社)、『出世したけりゃ会計・財務は一緒に学べ』(光文社新書)、『増補改訂版英文会計の基礎知識』(ジャパンタイムズ)、『ビジネスマンの基礎知識としてのMBA入門』(共著、日経BP社)などがある。
(前回から読む)
6月の後半、日本の上場企業の約70%を占める3月決算の企業の株主総会が連日開かれていた。今年は業績向上により、増配となった企業がかなり多かったようだ。
例えば、通信事業をベースに安定した業績を維持するauで有名なKDDIは、1株当たり年間90円と前年から5円の増配(2018年3月期)を行い、17年連続増配となった。このように長期にわたり継続した増配を行っている企業は結構ある。
一方で、配当とともに多額の自社株買いを行う企業もある。例えばアステラス製薬は、2018年3月期に1株当たり年間36円と前年から2円の増配を行うとともに、2018年5月31日には、同年6月1日から9月20日にかけて、6000万株、1000億円を上限に、自己株式の取得を行うことを発表している。
今回は、株主還元の水準がどのように決まるのかを考えてみよう。
[常識5]配当の水準に影響を与えるポイント
配当の水準は、企業の成長ステージ、財務的な状況によって異なる可能性がある。
前回のコラムで述べたように、一般に成長期にある企業は、先行投資のためにかなりの資金が必要になるため、無配当、あるいは配当をする場合でも少なめにすることが多い。逆に、安定期にある企業は、巨額の投資を行うことは少なく、資金に余裕もできるため、ある程度配当を行う場合が多い。
また、財務的な状況については、借入金などが多く、資金的にも余裕がない場合は、無配当にしたり、配当の水準を低くしたりすることが必要になる。なぜなら、このようなケースでは、配当を行う前に、まずは借入の返済などを優先し、一定の財務的な安全性を確保することが重要になるからだ。
実際に、2016年8月の鴻海グループからの増資によって経営危機から脱したシャープは、2017年3月期は剰余金が欠損状態になっていることもあり無配、2018年3月期についても、純資産比率が19.8%とまだ低水準であることから、配当を開始したものの、1株当たり配当10円と、配当性向は9.4%に抑え、財務の強化や事業投資資金の確保を優先している。
[常識6]利益をベースにした配当の基準
配当をどの程度行うべきなのかについては、1つの決まった考え方はない。ただ、比較的多くの企業が一定の基準をもとに配当を決めている。ここでは、その代表的なものである配当性向と総還元性向、DOEについて確認していこう。
配当性向をもとに方針を設定する
まず配当性向は、株主にとっての儲けであり、最終段階の利益である当期純利益に対する配当の比率のことである。具体的には以下のように計算する。
配当性向(%) = 配当金額 ÷ (親会社株主に帰属する)連結当期純利益 × 100
配当性向は30~40%程度が日本の大手企業の平均的な水準である。ただ、欧米の大手企業の平均的な水準は40~50%程度となっており、それと比較するとやや低い状況である。また、一般に、業績のブレが大きいハイテク業界の企業などはやや低めに、業績が安定している食品業界の企業などではやや高めになる傾向がある。
実際に配当性向をもとにした配当方針を設定している企業としては、コマツや京セラ、本田技研工業などがある。コマツは、2018年3月期に「連結配当性向を40%以上とし、連結配当性向が60%を超えない限り減配はしない」という方針を設定しており、京セラは、同時期に「連結配当性向を40%程度の水準で維持する」という方針を設定している。また本田技研工業は、同時期に「配当性向は30%を目処に実施していきます」という方針を設定している。
総還元性向をもとに方針を設定する
次に総還元性向(株主還元性向)は、当期純利益に対する、配当に自社株買いを加えた株主への儲けの還元金額全額の比率のことである。具体的には以下のように計算する。
総還元性向(株主還元性向)=
(配当金額+自社株買い金額) ÷ (親会社株主に帰属する)連結当期純利益
総還元性向は、配当に自社株買いが加わるため配当性向よりもやや高めになる傾向がある。また、株主還元の1つとして含まれる自社株買いが、一定期間の期間限定でおこなわれるものであるため、一定期間を区切って基準として採用する場合もある。
実際に、総還元性向をもとに、株主還元の方針を設定している企業としては、アシックス、JR東日本などがある。アシックスは2017年12月期に、純資産比率57.8%で実質無借金という強固な財務体質をもとに、「2020年12月期までの4年間は、50%の総還元性向となることを目処に、株価水準や市場環境等に応じて、機動的な自己株式の取得を行う」という方針を設定している。また、JR東日本も安定した業績を背景に、2018年3月期において「総還元性向33%を目標とし、安定的な配当の実施および柔軟な自己株式の取得に取り組みます」という方針を設定している。
DOEをもとに方針を設定する
また、DOEは、Dividend On Equityの略で、株主が企業に対して投資している金額であるEquity(自己資本、あるいは純資産)に対してDividend(配当)がどのくらい支払われたのか、といった配当をベースにした投資収益率を計算したものである。日本語では、株主資本配当率、自己資本配当率ということが多い。具体的には、以下のように計算する。
DOE = 配当金額 ÷ 自己資本
また、DOEは、以下のように配当性向とROEとの掛け算に分解できる。そのため、その両方を含めた総合的な指標としてこのところ注目されることが多い。なお、日本の平均的な企業の水準をもとに、30~40%の配当性向、10%程度のROEを前提にすると、日本企業のDOEの平均的な水準は、3~4%程度となりそうだ。
DOE = 配当金額 ÷ 自己資本
= (配当金額 ÷ 親会社株主に帰属する当期純利益)
× (親会社株主に帰属する当期純利益 ÷ 自己資本)
= 配当性向 × ROE
このDOEをもとに、株主還元の方針を設定している企業には、ダイキン、オムロンなどがある。
ダイキンは、空調機器の製造販売を中心に順調な業績をあげる中で、2018年3月期において、「株主のみなさまへの還元につきましては、連結純資産配当率、連結配当性向、連結業績、資金需要等を総合的に勘案し、安定的に実施しております」という方針を提示し、いくつかのポイントの1つとして、連結純資産配当率としてのDOEを採用している。
また、オムロンは、同じく2018年3月期において、「毎年の配当金については、連結業績ならびに配当性向、さらに株主資本利益率(ROE)と配当性向を乗じた株主資本配当率(DOE)を基準とし、安定的、継続的な株主還元の充実を図っていく。具体的には、2017~2020年度の中期経営計画期間は、配当性向30%程度、およびDOE3%程度を目安として利益還元につとめていく」という方針を明示し、中核的なポイントの1つとしてDOEを採用し、またその具体的な数字も明示している。
なお、機関投資家と個人投資家とを比較すると、機関投資家は、上記の基準の中では配当性向、総還元性向を重視する傾向があり、個人投資家は、株価に対する配当の率である、配当利回り(=配当÷株価)を重視するという傾向もあるようだ。
また、比較的多くの企業で使われている配当や株主還元の基準は利益をベースにしたものが多い。これは、配当をはじめとする株主還元が、本来毎年の儲けを株主へ還元していくものであるため、理論上、毎年の業績の最も適切なモノサシである利益をベースにすることが望ましいためと考えられる。ただ、[常識5]で述べたように、配当は、財務的な安全性や成長ステージなども考慮して決める必要がある。
[常識7]業績悪化や赤字の場合の配当方針
当期純利益が大幅な減益や赤字となった場合、配当の方針はどうしたらよいのであろうか。
比較的多くの企業が配当の方針のベースとしている配当性向や総還元性向をもとに考えると、配当などの株主還元のベースとなる当期純利益が大幅な減益、あるいは赤字となった場合は、大幅な減配、あるいは無配当にすべきであるように思える。
ただ、配当の水準の変更が株価に与える影響を考えると、大幅な減配や無配当は、将来業績に対する経営者の自信喪失の表れと受け止められ、株価の大幅な下落につながる可能性もある。したがって、赤字の理由をよく確認したうえで、配当の方針を考えていくことが重要になる。
例えば、中核事業の業績不振が継続しており、借入が多く、財務的な安定度も低くなっている中で当期純利益が赤字に転落している場合には、減配や無配当もやむを得ない。一方で、赤字が一部の事業の整理などのために発生した特別な要因による一時的な費用や損失による場合には、それを除いた業績が順調であれば、配当を維持する、あるいは増配するという選択肢もある。
また、有形固定資産やのれんに関係する事業が不振となった場合に計上されることがある減損損失によって業績が悪化した場合も、それを除いた業績が順調であれば、配当を維持することも選択肢となるのだ。
さらに、減損損失をはじめ大きな損失や費用の中には、キャッシュフローに影響しないものもある。その場合は、配当はキャッシュとして支払うものなので、キャッシュフローとの連動性を考えて、キャッシュフローをベースにした配当の方針を設定することもある。例えば、キャッシュフローに影響がない損失である減損損失が大きく発生した場合には、利益は赤字になってもキャッシュフロー自体は特に減っていない。このような場合には、キャッシュとしての配当原資はあるので、営業活動からのキャッシュフローの一定割合といった基準を設定するという選択肢もあるのだ。
実際に京セラは、2018年3月期に、ソーラーエネルギー事業に関するポリシリコン原材料の長期購入契約等に関する引当金の計上によって、501億6500万円の損失を計上し、減益となった。しかし、その損失が一時的かつ多額であったことを理由に、従来からの配当方針である配当性向40%を大きく上回ることにはなるものの、この損失を除くと増益であったことから、前年の1株当たり110円(配当性向38.9%)から120円(配当性向53.9%)へと増配している。
また三井物産は、2016年3月期に資源事業に関連する固定資産評価損、減損損失の計上などによって、親会社株主に帰属する当期損失が834億円と、前年の3065億円の黒字から大幅減益となった。しかし、配当は年間で1株当たり64円と前年と同額にした。同社は、配当について、基礎営業キャッシュフロー、親会社株主に帰属する当期純利益、EBITDAの状況、配当金額の安定性、継続性を総合的に勘案するという方針を採用しているが、この赤字の中での配当維持は、損失が一時的なものであることをベースに、キャッシュフローの状況、配当の安定性、継続性を総合的に考慮したうえでの決断だったようだ。
このように、業績の悪化や赤字が発生した場合でも、その理由や状況によっては配当を維持するという選択肢を採用する余地もある。
●参考文献及び資料
西山茂(2008)『入門ビジネス・ファイナンス』東洋経済新報社
西山茂(2014)『出世したけりゃ会計・財務は一緒に学べ』光文社新書
日本の連続増配銘柄 配当利回りランキング
有価証券報告書及び株主総会招集通知
KDDI、アステラス製薬、コマツ、京セラ、本田技研工業、アシックス、JR東日本、ダイキン、オムロン、シャープ、三井物産
[目次]
- 第1章 ROE の向上
- 第2章 レバレッジの使い方
- 第3章 リスクの抑制
- 第4章 成長の持続
- 第5章 「良いものをより安く」の実現
- 第6章 コストの削減
- 第7章 「もったいない」という考え方
- 第8章 キャッシュフローの重視
- 第9章 M&Aとシナジー
- 第10章 「お客様は神様です」という考え方
[分析対象として取り上げた企業]
ソフトバンク、任天堂、ニトリ、トヨタ自動車、ファーストリテイリング、日立製作所、カルビー、信越化学工業、ヤオコー、セブン&アイ
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