[常識4]配当と自社株買いの違いと選択

 配当と自社株買いの違いを整理しておこう。
 まず1つ目は流通株数との関係だ。配当は流通株数には影響は与えないが、自社株買いをすると、企業が購入した分だけ流通株数は減少する。

 2つ目は実行する前の株価水準との関係である。配当は株価が高くても低くても株価に関係なく行うことができるが、自社株買いは理論株価よりも実際の株価が低い時に行うことが原則である。したがって、自社株買いは株価の水準が高い時、特に理論株価よりも高い時は基本的に行われない。

 3つ目は、株価への影響である。配当は一般に増配の場合は株価の上昇、減配の場合は株価の下落につながっていく。一方で自社株買いは一般に株価の上昇につながっていく。

 4つ目は機動的に行えるかどうかという点だ。この点については、配当は基本的に安定継続が求められるので、あまり機動的に行うことは望ましくない。一方で自社株買いは、企業の資金の余裕度や株価の動向などを見ながら機動的に行うことが可能である。

 5つ目は、株主がキャッシュを受け取るかどうかという点だ。配当の場合は、株主が基本的に平等にキャッシュを受け取ることになる。一方で自社株買いの場合は、株式を売却した場合にはキャッシュを受け取ることになるが、株式を売却しなかった場合には、流通する株数が減ったり、株価が上昇したりすることによって株式としての価値は上昇したとしても、キャッシュを受け取ることはない。

 6つ目は株主に対する課税の問題である。配当の場合は、株主は受け取った配当金額に対してルールに従って税金を支払う必要がある。一方で、自社株買いの場合は、株式を売却した株主の場合は売却益があれば税金を支払う必要があるが、それ以外の売却をしなかった株主は、株式としての価値は高くなったとしても税金を支払う必要はない。

 7つ目は、メリットを受ける関係者の範囲だ。配当は、現在の株主にだけメリットがあるが、自社株買いの場合は、新株予約権などを保有している潜在株主の権利の価値も高めることにつながるため、彼らにとってもメリットがあるという点である。

 このように、配当と自社株買いにはいろいろな違いがある。

 総合的に考えると、設定している配当や株主還元の方針をもとに、企業の財務的安定性や成長ステージ、また配当性向などの基準やキャッシュフローの水準などをもとに適切だと考えられる配当を安定的、継続的に行なったうえで、さらに資金的な余裕がある場合にタイミングを見ながら追加で自社株買いを行っていく、というのが1つの方針と考えられそうだ。

©Shigeru Nishiyama
©Shigeru Nishiyama
(次回に続く)
●参考文献及び資料

西山茂(2008)『入門ビジネス・ファイナンス』東洋経済新報社
西山茂(2014)『出世したけりゃ会計・財務は一緒に学べ』光文社新書

決算短信、有価証券報告書及び株主総会招集通知
LINE、メルカリ

Annual Report and 10-K
Amazon.com、Microsoft、Berkshire Hathaway

ビジネススクールで教えている会計思考77の常識』西山茂(著)定価:1800円+税

[目次]

  • 第1章 ROE の向上
  • 第2章 レバレッジの使い方
  • 第3章 リスクの抑制
  • 第4章 成長の持続
  • 第5章 「良いものをより安く」の実現
  • 第6章 コストの削減
  • 第7章 「もったいない」という考え方
  • 第8章 キャッシュフローの重視
  • 第9章 M&Aとシナジー
  • 第10章 「お客様は神様です」という考え方

[分析対象として取り上げた企業]
ソフトバンク、任天堂、ニトリ、トヨタ自動車、ファーストリテイリング、日立製作所、カルビー、信越化学工業、ヤオコー、セブン&アイ

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