【2018年6月1日】:従業員のための祭典
毎年5月末から6月初めにかけて、米南部アーカンソー州ベントンビル周辺は年に一度のお祭り状態になる。彼の地に本社を置く米小売最大手、ウォルマートの株主総会が開催されるためだ。金曜の株主総会に向けて、この一週間は全米各地、世界各地から集まった従業員でごった返す。
同社の株主総会は一般的なものとは異なり、店舗の最前線で働く従業員をねぎらう慰労会という意味も大きい。今年の株主総会の司会者はコメディアンとして人気の高いジェイミー・フォックスで、米国事業や海外事業、eコマースなど各部門の状況説明の合間には、ビルボードで全米1位を獲得したカーリー・レイ・ジェプセンやシンガーソングライターのジェイソン・デルーロなど著名なアーティストが次々に登場した。そのたびに従業員から歓喜の声が上がる(総会決議は別枠。昨年まではショーの合間に実施していた)。
そして、株主総会のハイライトはウォルマートの創業者、サム・ウォルトンの名前を冠した従業員表彰、“Sam Walton Entrepreneur of the Year”だ。今年はメキシコの店舗拡大に貢献したウォルマート・メキシコの女性幹部が栄誉に浴した。創業家からトロフィーを受け取り感極まる女性。場内では万雷の拍手がわき起こる。
世界で1万1000店以上を展開する米ウォルマート。現場で働くのは一人ひとりの従業員であり、彼らのモチベーションが顧客の満足度や生産性に直結する。小売りという業態が人をベースにしたビジネスである以上、従業員をもり立てていくのは不可欠なプロセスだ。
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2018年6月に開催されたウォルマートの株主総会。世界中から同社の従業員が訪れた |
この時期、ベントンビルでは世界各国のメディア向けに事業説明会が併せて開催される。ウォルマートがこの1年間に何をして、何をしていこうとしているのか。それを知る貴重な機会である。
現CEO(最高経営責任者)のダグ・マクミロン氏が47歳の若さでCEOに抜擢された2014年以降、ウォルマートはeコマースの強化を含め、改革を加速させている。私自身、2015年から4回連続で株主総会に足を運んでおり、同社の変化を目の当たりにしてきた。今回は改革が本格化した過去4年を振り返りつつ、ウォルマートの変革と誤算を見ていこうと思う。
【2015年6月5日】:若き経営者の決意表明
マライア・キャリーやリッキー・マーティン、ロッド・スチュアートなど、過去4年で最も豪華な顔ぶれが登場した2015年の株主総会。だが、会場の熱狂とは裏腹に、その後のアナリストミーティングや記者会見で、経営陣はどこか自信なさげな表情を浮かべていた。
新規出店を続けていたため売上高こそ伸びていたが、利益成長は足踏み状態で、「店舗の稼ぐ力」と言える既存店売上高は5四半期連続で前年同期比を下回っていた。特に、売上高の60%を占める米国事業は2014年1月期の第1四半期(2013年2~4月期)以降、5四半期連続で既存店売上高が前年同期比を割り込んだ。既存店売上高のマイナスはリーマンショック後のリセッション以来だ。
その状況は現場にも見て取れた。本社の目が届くベントンビル周辺のウォルマートは店内がきれいに整理整頓されており欠品も少ないが、場所によっては売れ筋商品がなく、棚も乱雑に放置されていた。レジの大渋滞もひどく、「ウォルマートに行くこと自体がストレス」という消費者の声まで上がっていたほどだ。
eコマースで急成長を続けるアマゾン・ドット・コムの影響は当然大きいが、2015年当時で既に全米で4500の店舗があり、新規出店の余白は減少しつつあった。巨大化によって消費者の利便性や満足度も低下していた。低迷する株価が象徴するように、ウォルマートが踊り場に立っていたのは間違いない。
その中で、マクミロンCEOは改革に本腰を入れる。キーワードは「シームレス・ショッピング」。アマゾンに比べて見劣りしていたオンラインの強化と店舗・ネットの融合。いわゆる「オムニチャネル戦略」を加速させようとしたのだ。
具体的に言えば、レジでのアプリ決済やネットで注文した商品のピックアップ、自宅への配送など、店舗やネットに関係なく消費者が望むショッピング手段を幅広く提供することだ。ピックアップという発想に至った背景には、ウォルマートが中西部や南部など人口密度が低いエリアに多くの店舗を持っていたこともあった。
効率的に配置された巨大な物流拠点をベースに“空中戦”を挑むアマゾンに対して、固定費のかかる4500店の実店舗はややもすると負の遺産である。だが、地図に人口密度をプロットすれば、ウォルマートの店舗から10マイル(16km)以内に人口の90%が住んでいる。この膨大な資産をeコマースでの強みとして再定義できれば、アマゾンとも戦えると考えたわけだ。
「短期的には成長していないように見えるかもしれないが、現在、試みている改革は必ずウォルマートを変える」。2015年の株主総会で、マクミロンCEOは穏やかに語りかけた。その言葉通り、その後の1年間で買い物のシームレス化を実現するという戦略を着実に推し進めた。

【2016年6月3日】:相も変わらぬ低評価
翌年の6月に再びベントンビルを訪ねると、本社の周辺にはオンラインで注文した商品をピックアップするための専用拠点が増えていた。ガソリンスタンドのような見た目で、入り口の端末で番号を入力して指定されたスポットに車を止めると、スタッフが商品をトランクに積み込むというサービスだ。「なかなか便利だよ」。利用者の一人は当時、そう語っていた。
また、店内や駐車場でのピックアップが可能な店舗が拡大する一方、宅配ボックスを備える店も増加した。うまくいかなかったが、米ライドシェア大手のウーバーやリフトと提携、ドライバーが荷物を運ぶという実験を始めたのもこの頃だ。
レジではモバイル決済システムの「ウォルマート・ペイ」を全店で展開し始めた。クレジットカードをスマートフォンのアプリに登録しておくと、専用レジ端末に表示されるQRコードをスキャンするだけで精算が完了するという仕組みだ。傘下の会員制スーパー「サムズ・クラブ」はレジの簡素化をさらに進めており、アプリで商品のバーコードをスキャンするだけでレジを通る必要さえなくした。


このように、マクミロンCEOが率いる経営チームはオムニチャネルの実現に向けて様々な取り組みを進めていた。それでも、市場にはアマゾンの攻勢にさらされる「オールドエコノミーの巨人」という見方が根強く残っていた。
その一因はウェブサイトやモバイル機能の使い勝手もさることながら、オンラインの品揃えにあった。「商品のチョイスが圧倒的に少ない」とアナリストが口を揃えたように、「エブリシングストア」を標榜するアマゾンに比べて、ウォルマート・ドット・コムの品揃えが貧弱だったのは間違いない。
その風向きが変わったのは、ウォルマートがネット通販ベンチャー、ジェット・ドット・コムを買収した2016年8月のことだ。33億ドルの買収価格は高すぎるという声も上がったが、eコマースのプロフェッショナルとして名高いジェットCEOのマーク・ローリィ氏を手に入れたことで、ウォルマートのeコマースは成長軌道に乗り始める。
【2016年8月8日】:「アマゾンキラー」との邂逅
「アマゾンキラー」。2016年8月にウォルマートが買収を発表したジェットにはこんな枕詞がついていた。買い物カゴに商品を追加するたびに商品が割引される「スマートカート・プライシング」という仕組みが評価されたためだが、それ以上にアマゾンと激戦を繰り広げたローリィ氏の存在が大きい。
2005年にベビー用品のオンライン専門店を創業したローリィ氏はカテゴリーキラーとして、アマゾンと好勝負を演じるまでに会社を成長させた。ところが、本気になったアマゾンの低価格攻勢に直面、最終的に身売りを余儀なくされた(売却交渉を有利に進めていたのはウォルマートだったが、最後は2010年にアマゾンが買収した)。
その後、アマゾンを出たローリィ氏は都市部の若者世代を対象にしたジェットを創業、スマートカートを武器に再びアマゾンに戦いを挑んだ。2014年の創業後、すぐに5億ドルを超える資金を投資家から集めたのは高い期待の表れだった。

もっとも、ジェットは会員獲得で苦戦する。
当初は50ドルの年会費を受け取る代わりに安価に商品を売る「ネット版コストコ」のようなビジネスモデルだったが、思うように会員数が伸びず会員制を早々に放棄、通常のネット通販に転換した。その後も会員獲得に多額の資金を投下しており、資金調達に駆けずり回る日々が続いた。資金調達に疲れ果てて深夜便のエコノミークラスで吐いたこともあったとローリィ氏は吐露している。ジェットは後ろ盾を必要としていた。
一方のウォルマートも自社のeコマースを激変させるプロを必要としていた。アマゾンは従来の書籍や雑貨、家電から食品やアパレルまで戦線を拡大させている。米国の小売売上高に占めるeコマースの割合は10%に満たず将来的な拡大余地が大きいが、従来のやり方を続けているだけではアマゾンとの差は開いていくだけだからだ。
その点、ジェットにはeコマースに精通したローリィ氏がいる。ジェットの顧客層は都市部の20代、30代が中心で、郊外中心のウォルマートと補完性もある。確かに、33億ドルという価格はかなりの割高だが、それまでeコマースを疎かにしてきたことを考えればやむを得ず、時間を買うために必要な投資と割り切ったのだろう。「今回のディールは当社のeコマースの成長を加速させる」。マクミロンCEOは買収の意図を説明したブログで力説した。
興味深いのは、そのままEコマース部門のCEOに横滑りしたローリィ氏がウォルマートの店舗網を強みとして捉えていたことだ。
店舗網は全米の人口の90%をカバーしており、週に数回、積み荷を満載した効率的なトラックが店舗を出入りしている。自社で倉庫を借り、配送オペレーションを差配していたローリィ氏にとって、効率的に管理された店舗は極めて魅力的に映ったに違いない。「ウォルマートの店舗は巨大な倉庫のようなもの。限界利益という面で考えれば極めて条件がいい。ウォルマートに入る際に興奮したのはそこだった」と後にローリィ氏は語っている。
“ショッピング戦争”はECだけでなく実店舗も含めた総力戦になりつつある。eコマースに特化してきたローリィ氏は店舗というアセットの重要性を理解していた。

【2017年6月2日】:アマゾン、電光石火の買収劇
「会社は正しい方向に進んでいる」。創業家一族のグレッグ・ペナー取締役会長が壇上で力強く宣言したように、2017年6月の株主総会ではそれまでのような危機感ではなく、前向きな雰囲気に満ちていた。それまで前年同期比で一桁から10%程度の伸び率だったeコマース事業の売上高は株主総会前に発表された2018年1月期の第1四半期(2017年2~4月期)で63%増に急伸したからだ。
eコマース部門のCEOに就任したローリィ氏は矢継ぎ早に手を打った。オンラインの品揃えを増やすため、オンライン靴販売を手がけるShoebuyや女性向けビンテージ衣料のModclothなど、中小の専門ECを立て続けに買収した。小規模な買収に疑問を投げかける向きもあったが、競争力のない分野の品揃えを増やすという直接的な理由だけでなく、その分野に長けている人材の獲得という面もあった。
さらに、アマゾンへの対抗で始めた年会費ベースの無料配送システムをやめ、35ドル以上を購入すれば年会費不要で2日間無料配送を提供するプログラムに変更した。それまで疎かにされてきたECサイトの機能向上に取り組み、店舗で働く従業員に配送を代行させる「アソシエイト・デリバリー」の実験を始めたのもローリィ氏が参画して以降の動きだ。
ジェットの強みであるスマートカートの技術も一部導入が進んだ。「カートに商品を入れると値段が下がる」という機能はまだ導入していないが、顧客が配送ではなくピックアップを選んだ際の割引や顧客の住所によって配送スピードを切り替える仕組みなどでジェットのテクノロジーが生かされている。

もっとも、その2週間後に業界に激震が走る。全米に約460店を展開する高級食品スーパー大手、ホールフーズ・マーケットの買収をアマゾンが発表したのだ。
既存スーパーにとって、食品・グロッサリーの分野はアマゾンの脅威が及んでいない数少ない分野の一つ。そして、この業界を巡る最大の関心事はアマゾンが食品・グロッサリーの効率的な配送網を作るのにどのくらい時間がかかるのか。今回の買収によって、その時間は大幅に短縮すると市場が見なしたことで、ウォルマートを含む小売り大手の株価は軒並み下落した。
その後、ウォルマートと米グーグルは「音声」によるインターネット通販事業で提携を発表する。リアルとネットの生き残りをかけた戦いは新たな局面に突入した。
【2018年6月1日】:アプリがつなぐオムニチャネル
そして今年の株主総会――。改めてこの1年の取り組みを振り返ると、経営陣が進めるオムニチャネル戦略は一段と加速した。とりわけアプリの機能向上が目立つ。
ウォルマートのショッピングアプリはオンライン向けの商品が並ぶ普通のECサイトだが、ユーザーのそばにウォルマートの店舗があったり、行きつけの店舗を登録していたりすると、店内マップや売り場の詳細、営業時間、薬局やベーカリーの有無など店舗情報に切り替わる。
「アプリは従来のビジネスとeコマースをつなげる接着剤」。ウォルマート米国部門のグレッグ・フォーランCEOが言うように、このアプリにはオムニチャネルを実現するためのシカケが数多く埋め込まれている。


例えば、リスト機能がそうだ。これはいわゆる買い物リストを作る機能で、アプリ内に買い物リストを書き込み検索をかけると、商品のある場所や在庫として置いているブランドが表示される。購入後、店舗やピックアップ拠点で受け取りたければ、そう選択すればいい。広大な店内で欲しい商品が見つからない場合も、アプリで検索をかければ棚の場所がすぐ分かる。
このアプリには前述したウォルマート・ペイも統合されており、これまで同様にレジでの支払いをスキップできる。返品プロセスも簡素化されており、アプリ内の返品ボタンをタップした後、店内の専用コーナーに行き、専用端末に表示されたQRコードをアプリでスキャンするだけで返品が可能だ。
実際に返品を試してみたが、これがなかなかの優れもので、ものの1分もかからずプロセスが完了した。オンラインや店舗に関係なく、ウォルマートで買った商品であれば何でも返品できる。米国では商品の返品が当たり前で、小売店舗のサービスカウンターでは返品を望む消費者の列ができる。その時間短縮は消費者にとって大きな価値だ。「まだ全店展開していないが、これでカスタマーサービスの長い列に並ぶ必要はなくなる」。店舗のデジタル化推進を担当するマーク・マシューズ・バイスプレジデントは胸を張る。
こういった新機能だけでなく、購入頻度の高い商品を登録しておけば、再注文の際に店舗で事前に用意しておいてくれる「リオーダー」、近隣の競合店の価格がウォルマートよりも安い場合、差額を戻してくれる「セービング・キャッチャー」など、人気の機能もアプリの中に統合されている。アプリを使った買い物の利便性は格段に上がった印象だ。
また、ピックアップ拠点も引き続き拡充している。
店舗以外のピックアップ拠点は既に1400カ所に上る。今年中に2100カ所になる見込みだ。一部の店舗には「ピックアップタワー」も設置された。これは巨大な自販機のようなもので、ネットで注文した際のバーコードをかざせば商品がタワーから出てくる。「タワーの効果にはとても満足している」とブレット・ビッグスCFO(最高財務責任者)は言う。今年度中に現状の200機から500機まで増やす。
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一部店舗に配置されている巨大なピックアップタワー。この中に商品が保管されている |
配送の分野では、2017年10月にニューヨーク・ブルックリンを拠点にする配送スタートアップのParcelを買収、ニューヨーク地域のラストマイルを強化した。今年4月にはフード・デリバリーを手がけるドアダッシュと提携。アトランタ地区限定だが、消費者はアプリを通してドアダッシュのドライバーによる配送を選べるようになった。昨年、発表したアソシエイト・デリバリーもアトランタ地区に場所を移して実験を続けている。
マクミロンCEOは社是と言える「Saving Money(お金の節約)」だけでなく、消費者の「Saving Time(時間の節約)」をウォルマートの価値として訴求している。同社のアプリを見ると、それに資する利便性を備えているように見える。
イノベーションの分野でも新しい動きが出ている。
イノベーションを効果的に生み出すため、ローリィ氏はウォルマートの中に自身直轄のインキュベーション組織「Store No.8」を設立、「アマゾン・ゴー」のようなレジなし店舗やVR(仮想現実)を使ったサービスの開発などを進めている。そのプロジェクトの一つとして動いていた会話型ショッピングを5月31日にローンチさせた。「Jet Black」だ。
ショッピングのトレンドは従来のeコマースだけでなく、音声アシスタントAIを用いた音声ショッピングやテキストメッセージを組み込んだ会話型コマース、画像や動画を通して買い物するビジュアルショッピングなどに広がっている。その中で、Jet Blackは都市部で生活する多忙な共働き世帯を対象に、テキストメッセージのやりとりで商品選びの相談や商品の注文まですべてを可能にするサービスだ。顧客の相談については専門スタッフとAI(人工知能)がリアルタイムで対応する。
また、米高級百貨店ロード・アンド・テイラーがウォルマート・ドット・コムの中にフラッグシップストアを開設したように、ウォルマートはサードパーティの出店を増やしつつある。従来、ウォルマートとは無縁だったブランドがウォルマートと組み始めたのも、この1年の動きだ。
在庫の保管は棚の上
もちろん、ウォルマートの強さの一つである店舗の生産性向上に向けた取り組みも、従来通り注力している。
一部の混雑店で導入し始めた積み卸し装置。これはトラックから降ろした商品の番号を読み取り、最適なカートに分類するためのものだ。在庫切れの商品は優先的に分類される。これによって、荷下ろしにかかっていた人員は8人から4人に減少した。離職率の高いバックヤードの労働環境改善と適切な在庫管理の両方を実現するための切り札という位置づけだ。
積み卸し装置の導入に合わせて、在庫管理の新しいやり方もテストしている。従来は店舗のバックヤードにまとめて在庫を保管していたが、その商品の棚の上に在庫を並べるのだ。その方が効率的に棚の欠品などに対処できる可能性があるという。
また、店内には「ボサノバ」と名付けられたロボットが巡回、商品のラベルや値段、商品が正しい場所に置かれているかどうかをチェックしている。棚のバーコードをスキャンすれば、ボサノバが朝に撮影した写真が表示されるため、顧客が間違った場所に商品を戻した場合など、商品の場所をすぐに修正することができる。
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繁盛店に導入された積み卸し装置。トラックから積み荷を降ろした後は機械が番号を読み取り、最適なカートに分類していく |

こういった絶えざるテストと改善はウォルマートのDNA。それが、米国の既存店売上高の改善に寄与しているのは間違いない。そして、力強い米国事業がeコマースや国際部門の積極的な投資を後押ししている。
今年5月、ウォルマートはインドのeコマース最大手、フリップカートの77%の株式を取得すると発表した。160億ドルという金額はウォルマートの買収案件としては過去最大だが、アマゾンやアリババなどeコマースの巨人がしのぎを削るインド市場で有利なポジションを得たことは間違いない。
その決断を支えたのは好調な米国部門だ。米国部門はこの数年で、既存店売上高だけでなく、顧客の満足度、競合店との価格、在庫管理、従業員のエンゲージメントなどすべてのスコアが改善している。「米国の店舗に関するすべてに満足している。eコマースや国際展開で積極的になれるのも力強い土台があるからだ」。そうマクミロンCEOは語る。
インドのeコマース市場はまだ発展段階。フリップカートの評価額が妥当かどうかを判断するにはもう少し時間がかかる。だが、小売りにおける最後のフロンティアと言えるインド市場に足場を築く戦略的意義は大きい。ウォルマートはインドに加えて、米国や中国、メキシコを成長市場に据えている。既に傘下の英アズダとブラジル事業の持ち分を大きく減らした。今後はオムニチャネルの深化と同時に、海外事業のポートフォリオの入れ替えを進めるはずだ。
eコマースの減速で株価は大暴落
ここまで米国の小売り市場の変化とウォルマートの対応を中心に見てきたが、もちろん、すべてが順風満帆というわけではない。事実、今年2月に発表した2018年第4四半期(2017年11月~2018年1月)でeコマースの伸びが23%と大きく鈍化、同社の株価は過去30年で最大となる1日10%の下げを演じた。
「クリスマス商戦のオンライン需要の増加についていけなかった」。マクミロンCEOはそう釈明したが、店舗からの出荷や受け取りの増加など加速するオムニチャネル戦略に現場がついていけていないという指摘も上がる。2019年第1四半期(2018年2~4月期)は33%と再び上昇しており、「予想通りに進んでいる」とローリィ氏は自信を見せる。だが、「対アマゾンの最右翼」という期待の源泉はeコマースの伸び。それが剥落した時の反動は大きい。
ビジネスには自社のリソースで実現できる部分と、相手との兼ね合いで揺れ動く部分の両方がある。チームごとのカニバリズムを無視した独自の小集団経営で新しいサービスを量産するアマゾンに対して、スピード感が増しつつあるとはいうものの、200万人を超える従業員を擁するウォルマートは緻密なオペレーションを重視する伝統的な大企業である。アマゾンと比べれば、スピードや柔軟性ではまだまだ劣る。
それでも、ウォルマートは外部環境の変化に合わせて自社で可能な部分は適切に対応している。地力を考えれば、アマゾンに対抗できるのは、やはりウォルマート以外にいない。
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