政府や会社を騙してでも、日本の国家と国民の命を守る

櫻井:この本の第1章では、東日本大震災が起こった当時、福島第一原発の所長を務めていらした、故・吉田昌郎さんのお話が取り上げられていますね。

門田:吉田さんは『リーダーの本義』を体現された方だと思っています。東日本大震災で福島第一原発が制御不能になって、官邸がパニックになり、東京電力の本店の人たちもパニックになって、もう何もわからなくなったとき、吉田さんをリーダーとする現場だけが戦っていました。

櫻井:しかも、現場が戦っているのに、官邸も、東電本社も、ある意味、ものすごく邪魔をしましたよね。

門田:そう、邪魔をした。

櫻井:吉田さんは、それらと戦いながら原発事故と戦うという、2正面作戦を実行しなければならなかった。

門田:最も戦わなければならないのは「事故」そのものですが、それ以外に「官邸」と「東電本店」とも戦っていたわけです。

櫻井:そうですね。

門田:その戦いの典型的な事例が「海水注入」の場面でした。津波の襲来による異常事態発生から約30時間がたった2011年3月12日午後7時、1号機への海水の注入が始まりました。すべての電源を喪失したため、原子炉を冷却するには、その方法しかなかった。

櫻井:これを成功させないと、あとはないという状況だったんですね。

門田:なのに、注入から1時間後の午後8時頃、官邸に詰めていた東電の武黒一郎フェローから「海水注入は、今すぐ止めろ」という驚くべき電話がかかってきた。「どういうことですか」と吉田さんが尋ねると「とにかく止めろ」と武黒フェローが答えて、それこそ怒鳴り合いになった。そして、最後に武黒フェローは「おまえ、うるせえ。官邸が、グジグジ言ってんだよ! 今すぐ止めろ!」って……もうめちゃくちゃ。それでも吉田さんは「なに言ってんですか!」と怒鳴り返して、そこで電話がプチっと切れた。

櫻井:すさまじいやりとりですね。

門田:吉田さんは、リーダーの本義に従って、電話が切れた瞬間、すぐさま対処に入った。「注入を止めれば日本は危ない」とわかっているから、海水注入担当の班長のところに行って、「ひょっとしたら、本店から海水注入の中止命令がテレビ会議を通じて来るかもしれない。そのときは、本店に聞こえるように海水注入の中止命令を俺がおまえに出す。しかし、これは、あくまでテレビ会議の上だけのことだ。それを聞く必要はないからな。おまえたちは、そのまま海水注入を続けるんだ。いいな」と言うわけです。官邸から本店に連絡が行って、本店からテレビ会議上で「止めろ」と言われると、業務命令だから従わないといけない。少なくとも、従ったふりはしなければならない。それで、班長に「すぐに部下たちにこれを伝えろ。どんなことがあっても、海水注入を続ける。これを徹底するんだ」と。

櫻井:すごいわよね。

門田:それで、吉田さんが席に戻ったら、テレビ会議を通じて本店から「吉田君、吉田君、海水注入をストップしてください」と呼びかけられる。本店は、日本国を守るのではなくて、すでに「官邸の言うことを聞く」ことが本義になってしまっていたんです。そういう状態で、吉田さんはリーダーとして、会社を騙してでも、日本の国家、国民の命を守る方を選んだ。本当のリーダーは、絶対、本義や自分の使命を見失わない。

櫻井:もしも吉田さんのようなリーダーがいなかったら、日本は滅んでいたかもしれないわね。

門田:日本は無事な北海道と西日本、人の住めない東日本に3分割されていたでしょうね。

櫻井:そうならなかったのは、吉田さんというリーダーがいたからなんですね。