アマゾン・エフェクト。アマゾン・ドット・コムの快進撃の陰で、業績や株価の低迷にあえぐアメリカ企業が増えている現象を指す。対象は幅広い業態に及ぶ。日本企業はいかに対すればよいのか――。
自らセブン&アイグループのオムニチャネルを指揮してアマゾンの脅威と対峙した経験を持ち、新刊『アマゾンエフェクト!』を著した鈴木康弘氏(デジタルシフトウェーブ社長/元セブン&アイHLDGS CIO)が、「デジタルシフト危機」の現状とその対処法を解説する。
アマゾン・エフェクト(効果)。
アマゾン・ドット・コムの快進撃の陰で、アマゾンが次々と進出する業界で業績や株価の低迷にあえぐアメリカ企業が増えている現象を、そう呼びます。その業界は百貨店やスーパーにかぎらず、生鮮品や衣料品、コンテンツ産業など幅広い業態におよびます。
多くの企業が苦境に追い込まれ、最後はなぎ倒され、それまでの業界の秩序が崩れていく。それは「アマゾンショック」とも表現されます。
アマゾン・エフェクトが日本でも急速に注目を浴びるようになってきたのは、海の向こうの出来事と傍観していられなくなったからでしょう。
アマゾンが提供するサービスのなかでも、今後、いっそう力を入れていくと予想されるのがネットとリアルの融合したオムニチャネルのサービスです。
アマゾンはすでにネットからリアルへと進出を進めています。
2017年には、アメリカの高級食品スーパー、ホールフーズを買収し、約460の店舗を傘下に収め、リアル店舗網の構築を本格的に開始しました。この買収はアメリカの小売業界に大きな衝撃を投げかけました。
本社のあるシアトルでは、人工知能(AI)や画像センシングなど、自動運転に使われているのと同様の技術を駆使することでレジでの精算なしで食品を買うことのできるコンビニエンスストア、アマゾンゴー(Amazon Go)が2018年1月に開業しました。
アマゾンの書店チェーン、アマゾン・ブックス(Amazon Books)も、シアトル、サンディエゴ、シカゴ、ニューヨーク……と次々出店が続き、全米でのチェーン展開が予想されます。
アマゾンは日本でも、2017年4月、生鮮食品の宅配サービス、アマゾンフレッシュをスタートさせました。日本でも今後、アメリカと同じ動きが始まる可能性があります。
「地球上でもっともお客様を大切にする企業であること」。それがアマゾンの経営理念です。実際、アマゾンは、稼いだ利益の大部分をネット通販の値下げ、新規事業や物流網構築など長期的な投資につぎ込み、顧客の満足度の向上のために使います。
アマゾンがリアルに進出すれば、リアルで買う顧客の行動と、ネットで買う顧客の行動の両方のデータをどんどん蓄積し、「スーパーでこの商品を買う顧客は、ネットではこの本を買う」といった具合にネットとリアルの境目を超えたデータをもつことで、より顧客中心主義のサービスを充実させていくことでしょう。
一方、日本の小売業もネット事業への進出を加速させ、オムニチャネル化を進めています。
オムニ戦略、私が読み違えたもの
しかし、アマゾンが日本でもリアル事業への進出に力を入れてきたとき、日本の小売業が太刀打ちできるかといえば、はなはだ疑問を抱かざるをえません。オムニチャネルについての収益モデルの発想がアマゾンと日本の小売業とでは、まったく異なるからです。
結論から先にいえば、アマゾンはネットとリアルの両方を駆使してカスタマー・エクスペリエンス(顧客体験)を高めようとするのに対し、日本の小売業はどうしてもリアルの店舗が発想のベースになってしまう。それが日本の小売業のデジタルシフト、すなわち本格的なデジタル化への移行への足かせとなっているのです。
このことは、ネット業界からリアルの世界へ進出するか、それとも、リアルの業界からネットの世界へ進出するか、どちらのほうがいち早くオムニチャネルの勝者になれるかという問題とも重なります。私自身は、リアルからネットへ進出するほうがはやいと考えていました。しかし、それは完全に読み違えでした。
ここで、私の「読み違え」の経緯を少しお話ししましょう。
私はソフトバンクに在籍していた1999年に書籍のネット販売を手がけるセブンアンドワイという会社を起業しました。翌2001年に日本でも事業を開始したアマゾンとは一貫して競争相手でした。ただ、アマゾンとの決定的な違いは、ネット上で本を検索して注文し、受け取りと代金決済はセブン-イレブンの店舗で行う仕組みで、ほかに宅配便で配達する方法も用意しました。
いざ、ふたを開けてみると、店舗での受け渡しを選んだ顧客が7割を占めたのです。その傾向はその後も続きました。
日本でもこれから、Eコマース(電子商取引)の市場は拡大していくとしても、すべてがネットに移行するはずはないし、リアル店舗も必ず必要とされる。小売業は最終的には「ネットとリアルの融合」の形態をとるだろう。私は次第に、それが目指すゴールであると考えるようになりました。
そのまま、ネット事業を続けるのであれば、ソフトバンクグループにいたほうが有利でした。しかし、「ネットとリアルの融合」を目指すならどうすればいいのか。2000年代半ばごろになって、私は自分の会社の進路について、選択を迫られ、こう考えました。
アマゾンもいずれ、ネットとリアルの融合を目指すはずだ。いまも、家電の販売を始めるなど、ものすごい勢いで業容を拡大している。しかし、自分たちは家電まで扱うのは難しい。ならば、アマゾンよりもはやく、目指すゴールに近づくには、どうするか。
当時、アマゾンは事業を開始してまだ10年くらいしか経っていませんでした。一方、セブンーイレブンは創業して30年以上の歴史があり、当時で約1万1000店を超える一国内では世界最大の店舗網を擁していました。
しかも、2005年には、それまでは親会社の総合スーパー、イトーヨーカ堂の下にセブンーイレブン・ジャパンなど子会社がぶら下がる形だったのが、持株会社化に移行し、セブン&アイ・ホールディングスの傘下にすべての事業会社が並列する構図に変わったところでした。
アマゾンがリアルの店舗網をもつようになるより、セブン&アイグループがネット事業を手がけるほうが早そうだ。それに、セブン&アイグループであれば、小売業の勉強もできる。そう考えて、2006年にグループ入りし、子会社になる道を決断したのです。
リアル店舗はネットの本質を理解しない
しかし、読み違えたのは、人間の意識の問題でした。
セブン&アイグループで出会ったのは、イトーヨーカ堂の創業から数えると半世紀以上、リアルの世界で成功体験を積み上げてきた人々でした。
すべての発想はリアルの店舗がベースになる。その意識と行動をデジタルベースへとシフトしていくのは、けっして容易ではありませんでした。
それでも、2015年11月には、世界で初めて幅広い業態を結び、ネットとリアルを融合したセブン&アイグループのオムニチャネル「omni7(オムニセブン)」の本格稼働にこぎつけました。そして、仕事をひととおりやり遂げたのを区切りに、2016年12月に退職し、3カ月後に、日本企業のデジタルシフトをお手伝いする会社を立ち上げたのです。
リアルの店舗を発想のベースにしてネット事業を行うと、デジタルシフトが遅れ、アマゾンに負ける。それはすでにアメリカで現実のものとなっています。2017年9月に連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請した玩具販売大手のトイザらスです。
破産法申請にいたった大きな要因は、ネット通販の普及、わけてもアマゾンの躍進による影響でした。すなわち、アマゾン・エフェクトです。
トイザらスも以前は、アマゾンでの唯一の玩具販売業者として契約を交わし、Eコマースに出店していました。トイザらスの公式サイトをクリックすると、アマゾン内のトイザらス専用ページに飛ぶしかけになっていました。
ところが、この出店により、玩具販売のノウハウと顧客データを手に入れたアマゾンは、トイザらスの品揃えが十分ではないことを理由に、他の玩具業者もマーケットプレイスに招き入れ始めました。
そこでトイザらスも対抗して、独自にトイザらス・ドット・コムというオンラインショップを立ち上げ、ネット販売を開始しました。しかし、ここで命運が分かれます。トイザらスのオンラインショップはとても、アマゾンに太刀打ちできるものではありませんでした。
問題はオンラインショップでの品揃えでした。リアル店舗網を拡大することで成長したトイザらスはネット販売においても、「店舗で扱っている商品が買えればいい」という発想から抜け出せませんでした。
ネットならではの価値は、リアル店舗では物理的制約から実現できない品揃えの豊富さにある。トイザらスはそれに気づかなかった。アマゾンがトイザらスとの契約がありながら、その品揃えに満足できず、他の玩具業者をサイトに招聘して品揃えを拡充していったのは、ネットの本質を知りつくしていたからでした。
そのアマゾンが逆に、リアル店舗をつくるとどうなるのか。私は2017年秋にニューヨークへ出張した際、アマゾン・ブックスに立ち寄りましたが、そこには、既存の書店とはまったく違う光景がありました。
目を見張ったのは、本の陳列の仕方です。 すべての本が、表紙を正面に向け、棚のスペースをゆったりと使って陳列する「面陳(面陳列)」や「面展(面展示)」になっているのです。
すべてが、面陳や面展ですから、在庫の点数は同じ面積の既存の書店と比べて圧倒的少ないはずです。ただ、棚を順に眺めながら、脳裏に浮かんだのは、その奥にあるアマゾンストアの膨大な在庫でした。
既存のリアルの書店は、基本的に店内ですべての在庫を抱えなければなりません。そのため、在庫の点数に制限があります。それでも、できるだけ多く抱えようとするので、多くの本が背表紙を外側に向けて本棚に横1列に並べていく「背差し陳列」になります。
しかし、最近は書店で背表紙を見ながら本を探す顧客は少なくなり、背差し陳列の棚に入ったら、その本はほとんど売れることはないといわれます。
一方、アマゾンの場合、Eコマースで販売する商品をストックしておくため、フルフィルメントセンターと呼ばれる巨大な物流センターがあります。そこには、既存の書店とは比べものにならないくらいの在庫を用意しておくことができます。
リアル店舗のアマゾン・ブックスには、そのなかから売れ筋の本がセレクトされて並ぶ。しかも、面陳列なので、顧客も思わず手にとりたくなる。読みたい本がアマゾン・ブックスの店頭になければ、アマゾンストアで検索して注文すればいい。
アマゾンは、Eコマースのための膨大な在庫を抱えているからこそ、リアル店舗網も容易に展開できた。膨大な在庫のなかから、売れ筋を選んで店舗に並べればいいからです。
そこには、私がセブン&アイグループにいたころ、オムニチャネルで実現したかったネットとリアルの融合を目指すリアル店舗の姿があったのです。
ここにも、ネットとリアルの両方を駆使してカスタマー・エクスペリエンス(顧客体験)を高めようとするアマゾンと、どうしてもリアルの店舗が発想のベースになってしまう既存の小売業との違いが表れています。
「客単価×客数」で考えることの限界
ネット事業を母体とするアマゾンと、リアルの事業を母体とする日本の小売業の収益モデルの違い。私がそれに気づいたのは、アマゾンが2005年からアマゾンプライムという会員プログラムによる顧客の囲い込みを開始してからでした。
日本では年間3900円(月払いは400円)で、最速で届く「お急ぎ便」と配達時間帯を指定できる「お届け日時指定便」が、いつでも無料でご利用できます。その後は、無料のビデオ配信、音楽配信、電子書籍の読み放題、写真のクラウド保存といった会員向けサービスを次々追加していきました。
日本の小売業では、売り上げの増減を判断するとき、1店舗・1日あたりの「客単価×客数」を尺度とします。そのため、1日に来店する来店する顧客数と顧客の1回ごとの客単価をあげるための施策をいろいろと講じます。
一方、アマゾンは収益について、「ライフタイムバリュー×アクティブユーザー数」でとらえるのです。ライフタイムバリューとは、「顧客生涯価値」とも訳されます。1人の顧客が特定の企業やブランドと取り引きを始めてから終わりまでの期間(顧客ライフサイクル)において、どれだけの利益をもたらすかを算出したものです。
これを顧客の側からとらえれば、ライフタイムバリューの高い顧客は、生涯わたって得られる価値や満足度が高いということができます。
一方、アクティブユーザーとはもともとはIT用語で、要は利用頻度が高いユーザーのことをいいます。1日の利用客数や1回ごとの利用額を増やすこと以上に、ライフタイムバリューの高いアクティブユーザーを1人でも増やすことを重視する。それがアマゾンの収益モデルです。
たとえば、「客単価×客数」の収益モデルでは、1回の購買単価が1000円顧客と100円の顧客とでは、前者のほうが収益に貢献したことになります。これに対し、アマゾンでは、1回の購買の単価が100円であっても、10回利用してくれる顧客はライフタイムバリューが高いと考えます。
また、「客単価×客数」の収益モデルでは、1週間に3回買い物をしてくれた顧客はのべで「3人」とカウントされます。Aという顧客が3回来店しても、AとBとCの顧客がそれぞれ1回ずつ来店しても、来店した客数は「3人」です。そして、この来店客数を増やすにはどうすればいいかが課題となります。
一方、アマゾンの「ライフタイムバリュー×アクティブユーザー数」の収益モデルでは、Aという顧客が1週間に1回買い物をしてくれても、3回買い物をしてくれても、顧客は「1人」です。
そして、その「1人」をライフタイムバリューの高いアクティブユーザーへと育てるためにはどうすればいいかを考え、稼いだ利益を商品の値下げやいまあるサービスの質の向上に投資し、顧客の体験価値を高めていく。
セブンアプリは顧客にとって魅力があるか
この収益モデルの違いは、ネット事業のあり方にも反映します。
たとえば、セブンーイレブン・ジャパンは、スマートフォン向けの会員制アプリ「セブンーイレブンアプリ」の運用を2018年6月から開始しました。店舗での、購入した商品に応じて「バッジ」を付与されます。商品の購入数に応じて、バッジの色が「銅」「銀」「金」「プラチナ」と変わるようにして、繰り返し商品の購入を促す仕組みにしてあります。このほかアプリを起動するとたまるバッジも用意し、利用状況に応じてクーポンを配信されます。
購入に応じた特典を付与するほか、実店舗での購買行動を把握し、顧客ごとに好みに合わせた商品情報を提案することで来店頻度を高める。グループのスーパーや百貨店との相互送客にも活用する。
ただ、このアプリの本質はリアル店舗をベースに発想していることです。「もっとお店に来て、お店にある商品を買ってください」と促す。要は、リアルにネットをプラスする足し算から抜け出ていない、つまり、デジタルシフトの一歩手前にとどまっているように、私には思えます。
それは、最大の店舗網であるセブンーイレブンはフランチャイズチェーンであり、個々の店舗はオーナーの経営であるという業態の一つの宿命なのかもしれません。
しかし、顧客の立場で考えたとき、リアルにネットをプラスし、足し算で「客単価×客数」を高めようする収益モデルと、ネットとリアルのかけ算で「ライフタイムバリュー×アクティブユーザー数」を重視する収益モデルのどちらに魅力を感じるかといえば、後者になるでしょう。
セブン&アイグループと並ぶ、もう一つの流通の雄、イオンでも2018年2月、大きな動きがありました。ソフトバンク、ヤフーとともにネット通販事業で提携する方針を固めたのです。
具体的には、食品や衣料品、日用品などを扱う独自のネット通販を始める。3社が提携することで品揃えや顧客情報を共有し、ネット通販で先行するアマゾンジャパンに対抗するのが目的です。
新たなネット通販では、ソフトバンクやヤフーがもつネットの市場分析技術、イオンの物流網などそれぞれの強みを持ち寄り、イオンの店舗運営でも協力する。人手不足に対応するため売り場にソフトバンクグループが開発したロボットを導入するなど先端技術の活用も検討されています。
この提携を成功させるためには、ネットに精通したソフトバンク、もしくは、ヤフー側から、リアルのよさをよく理解し、なおかつ、強力なリーダーシップを発揮できるリーダーが就任し、プロジェクトを引っ張っていくことが必要でしょう。もし、それが実現すれば、ネットとリアルをどのように融合していくか、注目すべき存在になるはずです。 成否のポイントは、いかにしてリアル店舗をベースにした発想から抜け出せるかです。
アマゾン・エフェクト(効果)。アマゾン・ドット・コムの快進撃の陰で、業績や株価の低迷にあえぐアメリカ企業が増えている現象をさす。業界は百貨店やスーパーに限らず、生鮮品や衣料品、コンテンツ産業など幅広い業態におよぶ。オムニチャネルを知悉した著者がデジタルシフト危機への対処法を解説する。
2018年4月 プレジデント社刊
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