リアル店舗はネットの本質を理解しない
しかし、読み違えたのは、人間の意識の問題でした。
セブン&アイグループで出会ったのは、イトーヨーカ堂の創業から数えると半世紀以上、リアルの世界で成功体験を積み上げてきた人々でした。
すべての発想はリアルの店舗がベースになる。その意識と行動をデジタルベースへとシフトしていくのは、けっして容易ではありませんでした。
それでも、2015年11月には、世界で初めて幅広い業態を結び、ネットとリアルを融合したセブン&アイグループのオムニチャネル「omni7(オムニセブン)」の本格稼働にこぎつけました。そして、仕事をひととおりやり遂げたのを区切りに、2016年12月に退職し、3カ月後に、日本企業のデジタルシフトをお手伝いする会社を立ち上げたのです。
リアルの店舗を発想のベースにしてネット事業を行うと、デジタルシフトが遅れ、アマゾンに負ける。それはすでにアメリカで現実のものとなっています。2017年9月に連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請した玩具販売大手のトイザらスです。

破産法申請にいたった大きな要因は、ネット通販の普及、わけてもアマゾンの躍進による影響でした。すなわち、アマゾン・エフェクトです。
トイザらスも以前は、アマゾンでの唯一の玩具販売業者として契約を交わし、Eコマースに出店していました。トイザらスの公式サイトをクリックすると、アマゾン内のトイザらス専用ページに飛ぶしかけになっていました。
ところが、この出店により、玩具販売のノウハウと顧客データを手に入れたアマゾンは、トイザらスの品揃えが十分ではないことを理由に、他の玩具業者もマーケットプレイスに招き入れ始めました。
そこでトイザらスも対抗して、独自にトイザらス・ドット・コムというオンラインショップを立ち上げ、ネット販売を開始しました。しかし、ここで命運が分かれます。トイザらスのオンラインショップはとても、アマゾンに太刀打ちできるものではありませんでした。
問題はオンラインショップでの品揃えでした。リアル店舗網を拡大することで成長したトイザらスはネット販売においても、「店舗で扱っている商品が買えればいい」という発想から抜け出せませんでした。
ネットならではの価値は、リアル店舗では物理的制約から実現できない品揃えの豊富さにある。トイザらスはそれに気づかなかった。アマゾンがトイザらスとの契約がありながら、その品揃えに満足できず、他の玩具業者をサイトに招聘して品揃えを拡充していったのは、ネットの本質を知りつくしていたからでした。
そのアマゾンが逆に、リアル店舗をつくるとどうなるのか。私は2017年秋にニューヨークへ出張した際、アマゾン・ブックスに立ち寄りましたが、そこには、既存の書店とはまったく違う光景がありました。
目を見張ったのは、本の陳列の仕方です。 すべての本が、表紙を正面に向け、棚のスペースをゆったりと使って陳列する「面陳(面陳列)」や「面展(面展示)」になっているのです。
すべてが、面陳や面展ですから、在庫の点数は同じ面積の既存の書店と比べて圧倒的少ないはずです。ただ、棚を順に眺めながら、脳裏に浮かんだのは、その奥にあるアマゾンストアの膨大な在庫でした。
既存のリアルの書店は、基本的に店内ですべての在庫を抱えなければなりません。そのため、在庫の点数に制限があります。それでも、できるだけ多く抱えようとするので、多くの本が背表紙を外側に向けて本棚に横1列に並べていく「背差し陳列」になります。
しかし、最近は書店で背表紙を見ながら本を探す顧客は少なくなり、背差し陳列の棚に入ったら、その本はほとんど売れることはないといわれます。
一方、アマゾンの場合、Eコマースで販売する商品をストックしておくため、フルフィルメントセンターと呼ばれる巨大な物流センターがあります。そこには、既存の書店とは比べものにならないくらいの在庫を用意しておくことができます。
リアル店舗のアマゾン・ブックスには、そのなかから売れ筋の本がセレクトされて並ぶ。しかも、面陳列なので、顧客も思わず手にとりたくなる。読みたい本がアマゾン・ブックスの店頭になければ、アマゾンストアで検索して注文すればいい。
アマゾンは、Eコマースのための膨大な在庫を抱えているからこそ、リアル店舗網も容易に展開できた。膨大な在庫のなかから、売れ筋を選んで店舗に並べればいいからです。
そこには、私がセブン&アイグループにいたころ、オムニチャネルで実現したかったネットとリアルの融合を目指すリアル店舗の姿があったのです。
ここにも、ネットとリアルの両方を駆使してカスタマー・エクスペリエンス(顧客体験)を高めようとするアマゾンと、どうしてもリアルの店舗が発想のベースになってしまう既存の小売業との違いが表れています。
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