競馬界と社交界の一大イベント「ロイヤル・アスコット」が英国で開催されました。サラブレッドを巡る優美でパワフルな時間を、観戦に訪れたエッセイストの三浦暁子さんがリポートします。
ロイヤル・アスコットを訪れたハリー王子とメーガン妃(左から2、3番目=写真/Toshiyuki Murata)
英ヘンリー王子とハリウッド女優・メーガン・マークルさんとの結婚式が5月19日に挙行されました。その興奮も冷めやらぬ6月19日から23日まで、ウインザー城の西南に位置するアスコット競馬場で競馬の祭典が開催されています。日本では「ロイヤル・アスコット」と呼ばれていますが、イギリスでは「ロイヤル・アスコット・レース・ミィーティング」の名で知られ、競馬の国として知られるイギリスでも特別中の特別と言うべき存在です。
私はこれまで、2013年と2014年に取材した経験があるのですが、今年も幸運に恵まれて3度目の観戦を果たしました。
4年ぶりのアスコット競馬場は相変わらずの華やかさでした。エリザベス女王をはじめとするロイヤルファミリーが次々と、目の前に優雅な姿を現すのも例年通りでした。観客も女王に応えるかのように、趣向を凝らしたファッションで私たちを圧倒します。
イギリスには他にも、エプソム競馬場で行われるダービーを始めとして、多くの競馬開催があります。けれども、ロイヤル・アスコットは王室が中心となって開催するレースとして特に名高く、古い歴史を誇っています。
今を遡ること307年前の1711年、時の統治者アン女王が、現在、アスコット競馬場がある野原を「こここそ、我が馬を走らせるのにふさわしい」と、そこを競馬場にしたとか…。以来、いくつかの変遷を経て、数々の名レースが繰り広げられてきました。
ロイヤル・アスコットが抜きん出ているのは、開催中、G1レースが8レースもあることです。競馬には「グレード競走」と呼ばれる上級に格付けされた馬だけが出走を許されるレースがあります。グレード競走はさらに1から3までの格付けがあり、最上位にあたるレースをG1(グレード・ワン)と呼びます。選び抜かれた馬だけがG1に出走するわけですが、開催中、これほど頻繁にG1があるのは驚きでした。毎日、オールスター戦が繰り広げられているのですから、大変贅沢な競馬だと言えましょう。
またもし、あなたが競馬ファンだったらレースのバリエーションが豊富なことに思わずニンマリするでしょう。走る距離も約1006メートルの短距離から4000メートルを越える長距離まで実に様々な戦いが繰り広げられるのです。
王室ならではの「おもてなし」
エリザベス女王は、5日も続く開催に毎日お越しになり、馬車の上から、人々に笑顔を振りまきます。陛下ご自身が競馬や乗馬がお好きということもあるでしょう。しかし、それだけが理由ではないと、私は思います。競馬を通して、国民はもちろん、世界中から集まった人々に、イギリス王室ならではの「おもてなし」を示しておられるのではないでしょうか。
エリザベス女王の登場には大きな歓声が沸き起こった(写真/Toshiyuki Murata)
かつてアメリカ大統領リンカーンは、ペンシルベニア州のゲティスバーグで行った演説で、「人民の人民による人民のための政治」という有名な言葉を残しましたが、ロイヤル・アスコットを観戦していると、「王室の王室による自らの国の人々のための競馬」と言いたくなります。
当然のことながら、ロイヤル・アスコットが生む利益は莫大で、2016年、2017年と上昇傾向にあります。ただし、馬券はブックメイカーと呼ばれる公認の賭けを専門とする会社で購入することになっています。そのため、全体的な馬券の売り上げを把握することは難しい状況です。ここがJRAが管理する日本の競馬と大きく違うところだと言えましょう。
今年の6月4日、アスコット競馬場から「ASCOT RACECOURESE 2017 FINANCIAL RESURTS」が発表されました。
アスコット競馬場を管理するAscot Authority(Holdings)Limited(AAHL)は、税引前利益620万ポンドを計上したと発表しています。前年が510万ポンドなので順調に収益を伸ばしていることが分かります。
もっとも、この金額はアスコット競馬場全体のもので、アスコット競馬場では、ロイヤル・アスコットの他にもレースが行われていますので、その点は注意が必要です。アスコット競馬場では年間を通じて26日間、レースが開催されています。5月から10月にかけて平地競走が、11月から4月にかけては障害競走が行われ、その開催分を含めてのこととなります。ガイ・ヘンダーソン最高経営責任者(CEO)も「2017年は財務実績がさらに進歩した年であり、ロイヤル・アスコットは特に好調である」と、述べて満足の意を表明し、2018年への期待をにじませまています。
競馬が終わった後、ゴミの集積場所はもちろんのこと、競馬場のそこらじゅうに積まれているシャンパンの空瓶やビールのコップを見てもアルコール消費量の多さに圧倒されます。ほかにも夢のようなファッションに投じられた費用とメディアを通じての宣伝効果、テレビ・ラジオの放映権、外国人観光客の誘致などへの影響を考えると、ロイヤル・アスコットの存在感の大きさがうかがえます。
会場を埋め尽くした参加者たち(写真/Toshiyuki Murata)
ロイヤル・アスコットのテーマは「他にはない場所(Like nowhere else)」ですが、確かにそうだなと頷けます。こんな場所は他にはありません。
社交の場は庶民には縁遠い場所だとしても、チケットを買えば参加することはできるのです。
普段の生活では履かないハイヒールで馬場とパドックと取材センターを駆け回っています。日常的にはかぶらない帽子も、ここアスコットでは競馬場に入場するための必須アイテムです。
イギリス王室の新しい一歩への歓声
美しいサラブレッドを巡っての壮大な消費、それこそが限りなく優雅なロイヤル・アスコットのもう一つの顔だといえましょう。
普段ではありえない光景を目の当たりにしながら、私のロイヤル・アスコット初日が終わりました。これから23日までレースはあと5日続きますので、非日常の時間をもう少し過ごすことになります。
すべてのレースが終わったとき、多くの人が「ちょっと違う自分」を感じながら、競馬場を後にします。私もあと数日、アスコット競馬場という空間で、いつもと違う自分を見つめた後、再び、ごく普通の日常に帰っていくことになるのでしょう。
サセックス卿ご夫妻になられたばかりのハリー王子とメーガン妃もロイヤル・アスコット初日に、早くも姿を現しました。エリザベス女王ご夫妻やチャールズ皇太子ご夫妻らと談笑しながら、馬を眺めたのです。
お二人が、手を振ったとき、競馬場全体に歓声が響きました。
これにはイギリス王室が新しい一歩を踏み出そうとしていることへの喜びも込められていたに違いありません。私にはそれが古い歴史を誇る老舗が、常に新しい挑戦をしているかのような戦略に感じられて仕方がないのです。
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