貧困が余裕を奪い、余裕のなさが炎上を生む

山本:ある種の「昭和のファンタジー」ですね。そういう会社は今でもたくさんあります。一方で、最近できた会社だと、雇われる側が労働組合をつくろうとすると、敬遠されたりする。ストライキをやると主張しても、誰も応援してくれないわけです。でも、自分が子供の頃はまだ「バスがストで止まってる」、なんてことがよくありました。それがいいかどうかは別として、自分の権利を主張できることの重要性が、おざなりになっている気はします。必要なものを必要だと言えない社会は、やはりよくないと思うんです。お互いの必要とするものを理解し、交渉して落としどころを決めていって、持続可能な組織にしていく、という機能が弱っているのではないかと感じます。

神津:支えあい、助け合いの雰囲気が社会にあるかどうかは大事ですよね。それが、近年失われてきているように感じます。今は、何か意見を言うとすぐソーシャルメディアで炎上したりしますよね。貧困などの社会問題に対しても、「そこから脱せない人が悪い」という自己責任論が幅をきかせている。

山本:私は炎上する側も、させる側も、どちらもよく経験していますが(笑)、みんな余裕がないと感じますね。何かのニュースに接した時、脊髄反射で意見を言ってしまうんですよ。余裕と申しますか、ある種の教養があれば、「自分はこういう立ち位置にいるが、別の立ち位置にいる人からは違う意見があるだろう」と想像をめぐらせることができる。でもそれができなくて、話の機微をつかみとる力が社会的に失われていっているようにも感じます。この背景にはやはり、相対的に余裕がなくなり貧しくなっていっていることがあると思います。

神津:悪循環ですよね。貧困によって余裕がなくなり、人をバッシングすることによって、社会からさらに助け合いの雰囲気がなくなっていく。日本の社会は、意見や立場が違っても、話し合いで合意形成をはかってきたのが良いところだと思うんです。多岐にわたる社会問題を解決するには、合意形成が不可欠です。そういう良い部分は、もう一度復活させていきたいですね。

(次回へ続く)