6月某日、東京・御茶ノ水の連合(日本労働組合総連合会)本部。神津里季生会長を山本一郎氏が訪ねた。労働者の関心が高まっている「社会保障」の諸問題について、連合の考え方や取り組みを聞くためだ。特別対談その2をお届けする。
(その1は こちら

山本一郎(以下、山本):現状の日本の政治の問題は、リーダーの不在だと思うんです。旗をしっかり立てられる人がいない。だから「アベノミクス」など、決して色がいい旗ではなくても、立っているだけで人がそこに集まっていく。一方、民進党の岡田代表は、ばーんと旗を立てるタイプかというとそうでもないんですよね。

神津里季生(以下、神津):けっこう、遠慮をされる方だなという印象があります。

山本:今回の都知事選も、これから東京都が抱えるさまざまな問題に対して、明確なビジョンという旗を立てて、それを軸にして総合的に政策をつくれる人はいないように見えます。現在東京都に住む人は、価値観も家族構成もバラバラで、LGBTや在日外国人などの多様な方々も一緒に暮らしているわけです。そうした多様な人達とどうやって少子高齢社会を生き抜いていくか。それは政治家がはっきり道を示さないと本来はいけないのに。

神津:そうしたビジョンがはっきりしないと、候補者同士で論争もできないですよね。有権者が中身をよく理解せずに、「アベノミクス」などの旗が立っているだけましという基準で投票するようになると、政治の劣化は止まらない。

神津 里季生(こうづ・ りきお)
1956年、東京生まれ。1979年、東京大学卒業後、新日本製鐵に入社。新日本製鐵労働組合連合会会長、日本基幹産業労働組合連合会委員長などを歴任。2013年から連合事務局長を経て、2015年、第7代連合会長に就任。(写真:菊池くらげ、以下同)

山本:目指す社会像をはっきり打ち出すなら、低福祉・低負担、つまり社会福祉を切り捨てて税金を安く抑えて夜警国家的にやっていくのか、高福祉・高負担で増税はするけれど社会福祉は手厚くするのか、その2択になるはずなんです。しっかりとしたセーフティネットを用意するのだ、社会保障を充実させる高福祉なのだといえば、税額を引き上げて高負担にしなければならない。だけど今アベノミクスが打ち出しているのは、高福祉・低負担というありえないファンタジーなんですよ。

神津:そうとは、多くの国民は意識していないでしょうけどね。

山本:何ヵ月後、何年後かは分かりませんが、おそらく安倍首相が辞めるときに、日銀が良く分からない状態に陥ったりして、ようやく人々は高福祉・低負担というありえない社会像を目指していたことに気づくんだと思います。次世代へのツケで現世代が飲み食いしているのと同じです。アベノミクスでやっている経済政策は、けっきょくある種の「改鋳令」と同じなんですよね。金の小判に他の金属を混ぜて質を落としている。ただ、経済の規模が大きいから全体に毒がまわるまで時間がかかっているだけじゃないかと怖れます。アメリカの景気が悪化して、資本が日本から引き上げられたら、残るのはゴミだらけですよ。

神津:そうなったときに、真っ先に影響が出るのは社会保障ですよね。

山本:最初に切り捨てられるのがそこだと思います。充実した社会保障制度を頼りに生きている、医療や年金や介護で暮らしている人たちが、最初に命綱を切られてしまう。では、慢性疾患に苦しむ人の日々の薬代の負担を増やすのか、人工透析などの治療代を引き上げるのか。それは本来ならば一番やってはいけないことで、お金のない人から順番に死んでいく社会になってしまいかねません。そう考えるとけっこうこわい状況ですよね。だからこそ、本来の「低福祉・低負担」か「高福祉・高負担」かという議論に立ち戻る意味でも、野党にはがんばってほしいところですが、民進党のポスターの「まず、2/3をとらせないこと。」というキャッチコピーはなんなんでしょうか……。

山本一郎(やまもと・いちろう)
1973年、東京生まれ、1996年、慶應義塾大学法学部政治学科卒。ベンチャービジネスの設立や技術系企業の財務・資金調達など技術動向と金融市場に精通。東京大学と慶應義塾大学で設立された「政策シンクネット」では高齢社会対策プロジェクト「首都圏2030」の研究マネジメントも行う。