2018北京モーターショーに出展したテスラの「モデル3」
米電気自動車(EV)メーカーテスラの中国進出は、「黒船来航」のごとく中国自動車業界に大きな波紋を投げかけている。テスラが外資独資による進出1号となれば、それはEVシフトを推進する中国政府の意向に沿う一方で、補助金政策の下で地場メーカーが寡占する中国EV市場に大きな地殻変動をもたらす可能性を秘めている。
中国の市場開放策がテスラ進出の追い風に
中国政府は次世代自動車市場での競争優位を確立するため、国策として2012年からNEV市場の育成に注力している。テスラは14年、EVの需要増を見据え、中国で「モデルS」の輸入車の販売を開始。急速充電設備1000台超、体験センター約30店舗を設置した。17年の中国での売上高は20.3億ドル(前年比1.9倍)となり、テスラ全体の17%を占めた。一方、販売台数は1万4810台(同4割増)で、中国NEV市場におけるシェアは2.6%にとどまった。
現在テスラの輸入車には25%の関税が上乗せされるため、購入者層は限られている。18年7月から15%に引き下げられるものの、中国におけるテスラ販売台数の7割が富裕層の多い北京、上海、広州、深センの4大都市に集中する。
中国での工場建設に向け、テスラのイーロン・マスクCEOは17年4月、北京で汪洋副総理と会談。その後、上海市政府と交渉を進めてきた。しかし、外資企業の中国での自動車生産を「合弁」でのみ認める中国政府の産業政策に対し、テスラは自社で100%を出資する「独資」を主張。なかなか話が進展しなかった。
テスラが上海・浦東に設置した世界最大級の充電ステーション
風向きが変わったのは18年4月。中国政府が大胆な市場開放政策として、18年中に新エネルギー車(NEV)市場における外資の出資制限を撤廃すると発表した。米中通商摩擦の緩和に絡む政策だが、これがテスラの中国進出にとって絶好のチャンスになった。5月に上海でEV関連の研究開発や貿易業務を手かげる子会社を設立。中国生産に向けていよいよ本格的なスタートを切ったとみられている。6月5日に開かれた同社の株主総会でマスクCEOは、「Dreadnought」(弩級戦艦)と名付ける上海工場を建設し、EV組み立てと電池生産を行う、と発表した。進出の形態や稼動する時期は不明であるものの、一連の動きからは、テスラに対する中国政府の譲歩が垣間みえる。
テスラ進出で3つのインパクト
テスラが進出した場合、中国自動車業界に与える影響として、以下の3つが挙げられる。
1つ目は、中国自動車業界のEVシフトを加速させることだ。テスラがブランド力と技術力でガソリン車を中心とする中国自動車市場に風穴を開ければ、地場自動車メーカーに危機感が広がるはずだ。そしてそれが中国のEVシフトをいっそう加速すると予想される。仮にテスラ「モデル 3」の販売価格が20万元(約340万円)台に収まれば、地場ブランドの中高級EVや欧米系PHEVと十分競争できる価格水準となる。BYDなど地場の大手NEVメーカーはテスラに伍する製品の開発を迫られる。「中国のテスラ」を目指す蔚来汽車など新興EVメーカーもコネクテッドカーで差別化を図っていくだろう。
2つ目は、地場部品産業の技術力向上に好影響をもたらすことだ。テスラがひとたび上海をEV及び電池生産拠点にすれば、部品サプライヤーの上海周辺への進出が促され、中国におけるEVサプライヤーチェーンの高度化や地場EV部品技術の向上が期待される。「モデル3」に供給するサプライヤー約130社のうち、中国系一次サプライヤーは20社超、二次サプライヤー(材料系)は約50社ある、と地場の大手電池メーカーの幹部は語っている。特にNEVの性能を大きく左右するリチウムイオン電池の現地生産が、関連素材・設備の国産化や地場電池産業の技術力向上を加速すると考えられている。
3つ目は、中国NEV業界の再編を促進することだ。NEV補助金政策を追い風に地場メーカーは中国NEV市場を寡占し続けている。18年6月時点で中国にあるNEVメーカーは355社。NEV電池メーカーも約140社もあり、乱立の様相を呈している。政府は20年までに補助金を段階的に廃止すると決定。テスラを含む外資系メーカーの参入を考慮すれば、市場競争はいっそう激しさを増し、NEVメーカー、電池メーカーに淘汰の波が押し寄せる可能性がある。製品・技術の高度化にもつながり、これは自動車・部品産業の育成と業界再編の双方を求める中国政府の思惑に合致する。
進出には懸念材料も
テスラが6月に発表した18年第1四半期決算では、最終損益は過去最大の7億ドルの赤字となった。利益率25%でドル箱といわれる「モデル3」を目標の週5000台ペースで生産できなければ、収益に悪影響を及ぼす。さらにモデル3向けの追加投資や「モデルY」の新規投資を鑑みれば、今後テスラの資金繰りが厳しくなる可能性もある。
当初、完全に自動化して生産する予定だったモデル3は、生産ライン設計上の問題により、手作業での組み立てを余儀なくされている。また米ネバダ州のギガファクトリーで生産した電池及び駆動部品のうち、材料の欠陥による不良品率が4割ある、と米ビジネスインサイダーが6月5日に報道。米国で発生したトラブルを設計段階から改善する必要があり、中国でも同様のトラブルは懸念される。
ゴールドマン・サックスによると、上海でのEV組立工場及び電池工場の建設コストは約40億ドルに上ると推測される。資金調達や生産性向上などの懸念材料もあり、電池を含むEVの中国生産は簡単に実現できるものではないといえよう。今回発表した上海進出の計画は株主の信頼を回復するための話題提供に過ぎない、といった見方もある。世界最大のNEV市場でいかに安定した生産体制を早期構築するか、テスラは正念場を迎えている。
モデル3の生産遅延の影響によって、テスラに電池セルを供給するパナソニックは、18年3月期の電池事業が54億円の営業赤字となった。電池に限らず、EV基幹部品、化学素材及び生産設備をテスラに供給する日系企業は少なくない。今後日系サプライヤーは中国の産業政策及びテスラの生産動向に留意しながら、テスラ関連のビジネスに対応すべきだろう。
湯進(たん・じん)氏
みずほ銀行国際営業部主任研究員・博士(経済学)
2008年入行時より国際営業部に所属。自動車・エレクトロニック産業を中心とした中国の産業経済についての調査業務を経て、中国地場自動車メーカーや当局とのネットワークを活用した日系自動車関連企業の中国ビジネス支援を実施しながら営業推進業務に従事。また継続的に中国自動車業界に関する情報のメディア発信も行っている。(関連情報はこちら)
直近の自動車関連レポート
- 日経産業新聞 「中国EV電池市場~外資規制に緩和期待」(2018.6.25)
- Mizuho Globalnews Vol.97「中国新エネルギー車市場の拡大とリチウムイオン電池メーカーの成長」(2018.6) みずほ銀行
- 週刊エコノミスト「中国が EV電池工場になる日」 (2018.5) 毎日新聞出版社
- 日経産業新聞 「中国の燃費・NEV規制」(2018.5.21)
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