フィンランドで毎年開催されている北欧最大級のスタートアップイベント「SLUSH(スラッシュ)」。そのアジア版である「SLUSH ASIA 2016」が5月13日、14日に千葉の幕張メッセで開催され、日本の内外から多数の起業家や投資家、著名経営者が集まった。
SLUSHはフィンランドの首都ヘルシンキで2008年から始まったイベントだ。「若く優秀な人材と起業家、投資家、企業関係者、ジャーナリストがつながるコミュニティを作ること。革新的な企業の活動を支援し、企業活動に国境はない」をコンセプトにしている。初開催時は300人程度の参加者だったが、7年経った2015年11月のイベントでは100を超える国から1万5000人が参加したという。
SLUSH ASIAは2015年に初めて開催され、今回が2回目となる。昨年のお台場から幕張メッセに会場を移し、規模も拡大した。参加登録は2日間で約4000人、学生ボランティアらは300人を超えたという。このボランティアは日本だけにとどまらず、様々な国の学生も含まれる。
このイベントの特徴は運営主体が学生ボランティアであること、そしてコミュニケーションは基本的に英語で行うということだ。スピーカーの講演や、スタートアップ企業が投資家などに自らの事業をアピールするピッチイベントなども英語で進められる。
今回は50人を超えるスピーカーが登壇した。ソフトバンクのニケシュ・アローラ副社長や中国のネット通販最大手アリババ集団の王堅CTO(最高技術責任者)も登場し、若い起業家や学生への期待の言葉が飛び交った。昨年SLUSH ASIAを同イベントCEO(最高経営責任者)のアンティ・ソンニネン氏とともに立ち上げた田口佳之氏は、「フィンランドではイベントの開催により、運営に携わった学生が卒業と同時に起業をするなどの影響を与えている。日本でも昨年の第1回に参加した学生の一部が起業家になり、海外へ飛び出した人もいる」とスラッシュの影響力について語る。
日本企業から文化を吸収したい中国スタートアップ
今回のSLUSH ASIA開催に合わせ、中国からいくつかの企業が日本を訪れた。企画したのは、上海でコワーキングスペースの運営などを手がけ、日本企業の中国進出も支援しているXNode武士陣だ。参加したのは海康威視旗下蛍石雲(HikVison)、百田(100bt.com)、丁香園(DXY)、白鷺科技技術(Egret.com)、七牛(QiNiu)、上海青声網絡科技、鴕鳥電台(Tuoniao.fm)、淡藍(Danlan.org)など、スタートアップ企業が中心だ。
今回の訪日した目的について、参加した中国企業の経営幹部からは様々な意見が出た。
・丁香園 馮大輝CTO「技術が医療に変革をもたらしている。日本の医療業界はハード面でもソフト面でも世界をリードする水準にあり、日本において技術がどう医療業界に変革をもたらしているのか理解したい」
・七牛 呂桂華総裁「日本は製品品質に対して非常に厳格なことは世界で有名である。クラウドコンピューティング業界は顧客の信頼を獲得することが重要であり、鍵となるのは期待値を超える品質管理サービスを提供すること。知ることは簡単だが実際に実行することは難しく、今回の機会を通じて日本の企業文化や企業管理について学ぶことができるのは非常に貴重な経験だ」
・長虹ソフトウェアサービス 劉東総経理「インターネット時代において製造業は業態転換が必須である。職人精神にこだわって製品を製造する日本の製造業界の取り組みについて理解したい」
・鴕鳥電台 創業者 陳強氏「技術は新たなビジネスモデルを産み、また伝統的なビジネス業態を変革する。日本のハードウェア技術は最近どうなっているのか。中国国内の起業家の日本のハードウェア技術に対する好奇心は非常に強い」
・百田 鄧凌華CTO 「日本のアニメや漫画やゲームの産業は非常に発達しており、中国においても非常に重要なポジションを占めている。また中国の青少年に対する影響力も非常に大きい。日本のACG(アニメ・コミック・ゲーム)産業を体感したい」
・上海青声網絡科技 洪意隽CTO「日本は文化産業が非常に強い国。日本の90年代生まれ及び2000年代生まれの世代の消費文化はどのようになっているのか知りたい」
・蛍石雲 李興波副総経理「IoT領域において日本には非常に深い技術を有する企業が多くあり、彼らが技術と製品をどのように結びつけ、またどういったサービスを提供しているのかについて深く学びたい」
今回、来日した中国企業の幹部たちは、SLUSH ASIAに参加しただけではない。新規事業創造支援を手がけるドリームインキュベータ(以後、DI)主催のCTO30会議に参加する日本企業との間で交流会が開催されたほか、スタートアップを中心にいくつかの日本企業を訪問した。
中国企業を驚かせたチームラボ
今回のツアーを企画したXNode武士陣の田中年一氏は、訪日前の中国企業幹部たちの雰囲気について次のように語る。「日本のネットやモバイルの発展は中国に比べたらきっとたいしたことがないだろうといった目線もあったようだ」。実際、中国のネットサービスは凄まじい速度で発展している。次々とスタートアップ企業が生まれ、新たなサービスを生み出そうとしのぎを削っている。
その一方で中国企業の経営幹部たちは今回、日本企業を訪問していく中で、当初の考え方を大きく変えていったようだ。彼らを驚かせた1社がチームラボだ。田中氏は「参加した中国企業が、チームラボの作品作りへのこだわりとその作品のクオリティの高さに深く感銘を受けている姿は印象的だった」話す。
プリンテッドエレクトロニクス製品の開発などを手がけるスタートアップ企業、AgICやハードウェアベンチャーのCerevoなどにも中国企業のメンバーたちは感銘を受けたようだ。「日本はクオリティが高い上にリーズナブルな製品を輩出しているスタートアップが多いという言葉が飛んだ」(田中氏)。
ハードウエアベンチャーのCerevoなどを訪問した
中国企業がこれらの日本企業に関心を持ったのは、中国のスタートアップはネット系が多いという事情もありそうだ。田中氏は、「日本の技術力やものづくりへのこだわりは必ず中国の心をつかむと信じていたが、今回のツアーの様々な場面で日本の職人魂に尊敬の念を抱いていた彼らの様子を見て、それを確信した」と語る。
中国企業のメンバーたちも改めて感じた日本のスタートアップのハード・ソフト両面の強み。だが、こうした強みを生かして世界に打って出ようというスタートアップ企業は、まだ多いとは言えない。メタップス、トレジャーデータ、スマートエデュケーション、スマートニュース、ユナイテッド、チャットワーク、WHILL、メルカリなどは米国市場に飛び出したが、それでも多くのスタートアップ企業が国内に留まっている印象だ。理由として、国内にある程度の市場があるため、それで満足しているのだろうといった意見もある。
しかし、今回のSLUSH ASIAに参加したディー・エヌ・エー(DeNA)創業者の南場智子氏は、「日本国内の市場規模は非常に小さい。もっとグローバル市場を見るべきだ」と指摘。にもかかわらず海外進出が少ないのは「最初からグローバル教育ができていないから」と話す。
海外進出が少ない日本のスタートアップの中でも、隣国の中国に進出している企業はさらに限られる。だが、この巨大市場を見過ごす手はない。
競争激しいが世界を狙える中国市場
DeNAの中国拠点、DeNA Chinaの任宜CEOは「最新の領域では、中国の方が日本より先に行っているケースが多く、競争も激しい。しかし、腰を据えてチャレンジして勝てば、その分、世界一も本気で見えてくる」と中国市場の魅力を語る。
例えば、中国オンラインゲーム市場はいまや世界最大規模まで成長している。中国のネット大手、テンセントはゲームの開発に3000人以上の人員を割いているという。また、同社はキャラクターなど日本の様々な知的財産(IP)を獲得し、中国市場に出す動きを強めている。オンラインゲーム制作のAiming(エイミング)の椎葉忠志CEOは中国市場について「クオリティの高い作品も増え、ユーザーもそうした作品にはきちんとお金を払ってくるようになっている」と話す。同社はテンセントと協業し、テンセントが中国でリリースしているゲームタイトルを日本に輸入するビジネスを手がける。その第1弾が間もなくリリースされる予定だ。また、2016年中に自社のゲームを独自に中国へ輸出する計画を持つ。
中国進出を支援する企業も増えている。今回、日本企業と中国企業の交流会を開いたDIは「日本の強みをアジアへ」を掲げ、日本の大企業のみならずスタートアップ企業の支援も始めている。主な対象分野はACG(アニメーション、コミック、ゲーム)だ。同社の小川貴史シニアマネージャーは「中国は地理的にも近く、1社に対する投資額の大きさ、ユーザー数など魅力は十分だ。一方で、中国は商業的に大きな障壁があるのも事実で、サポートする企業の存在は重要だろう」と話す。
XNode武士陣の田中氏は今後、中国市場で日本の強みが出せる分野がいくつかあると指摘する。「越境EC」「インバウンド関連」「アニメやキャラクターなどのコンテンツ」「ライフスタイル関連(小売り、飲食など幅広い分野)」「テクノロジー系」の5つだ。SLUSH ASIAの盛り上がりを見ても分かるとおり、スタートアップのグローバル化は着実に進んでいる。海外で活躍する日本のスタートアップが増えていくことが、日本経済の活性化にも不可欠だろう。
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