漁業分野でIoT(モノのインターネット)の活用が着実に広がっている。
養殖魚の生育状況を遠隔地からリアルタイムに把握し、漁師の働き方も効率化できる。
環境負荷の低減だけでなく、水産資源の維持にもつながると期待されている。
(日経ビジネス2018年4月9日号より転載)
食料安全保障の一角を担う水産業には様々な課題がある。水産資源の枯渇に加え、養殖業に伴う環境問題、違法漁業の横行、そして漁師の高齢化や後継者不足などだ。こうした課題を解決し、漁業を持続可能にするためにIoTを活用する動きが活発化してきた。生産効率を上げ、資源の取り過ぎを防いで海の環境負荷を減らす。
NTTドコモ
ブイにセンサーを搭載し養殖を支援
NTTドコモはブイのセンサーで海水温や塩分濃度を測り、その情報を漁師がスマホで
見て作業を効率化できるサービスを開始。日誌機能や漁協内の掲示板機能もある
NTTドコモは、海上のブイにセンサーを組み込んで海水温や塩分濃度などを測り、漁師のスマートフォン(スマホ)に送って養殖の作業を効率化できるシステムを開発、2017年10月に商用サービスを始めた。ノリやカキの養殖では、網やイカダを海に入れるタイミングが重要だ。ノリでは水温が23度以下の必要がある。湾内の場所によって水温は異なるため、漁業者は詳細なデータを欲しがっていた。
NTTドコモのシステムは、漁師がスマホにアプリ「ウミミル」をダウンロードすると、湾内の場所ごとの水温や塩分濃度、経時変化などを知らせる仕組み。作業をメモする日誌機能や、漁業協同組合内の仲間で意見を書き込む掲示板機能もある。
16年から宮城県東松島市で実証実験を重ねたところ、「こういうツールが欲しかったと漁師から喜ばれた」と、NTTドコモ第一法人営業部第六担当課長の山本圭一氏は手応えを感じた。「勘だけでなくデータを生かした生産ができることで、品質向上や収量安定化につながっている。データに基づいて船を出す回数を抑えればCO2排出量の削減になり、燃料コストも下げられる」と山本氏はメリットを指摘する。
現在、宮城、佐賀、福岡、熊本、愛知、岡山の9漁協・支所がノリの養殖で活用している。北海道のカキ、コンブ、ウニ漁でも試験評価をし、長崎県対馬の真珠養殖では近々導入の予定だ。
「海の環境条件と養殖技術の関係性を見える化することで、養殖技術を次世代に継承できる」と山本氏は語る。今後3年間で200のブイを導入して約2億円の売り上げと、年間2000万円の通信・アプリ利用料を見込んでいる。
画像認識で魚の体重を推定
NEC
養殖の餌の量や魚の体重を可視化
NECはいけすでの養殖にIoTを活用するシステムを開発。
餌の量や魚の育成を管理する。食べ残しによる海洋汚染も減らせる
カキやノリとは違い、ブリやマグロなどはいけすで餌を与えて育てる。NECはこうした給餌型の養殖に活用できるシステムを開発している。天然魚が枯渇する中、世界の漁業生産量の約4割を養殖魚が占めている。安定的に質の高い養殖魚を確保することが食料安全保障上も重要だが、従来は餌の量や魚の体重を厳密には定量管理しておらず現場の判断に任せられてきた。
NECはまずデータの収集と高度化に乗り出した。市場では魚の重さで取引されるため、体重の把握を重視した。体重は体長から推定する。従来はいけすにカメラを沈めて動画を撮影し、測定に適した魚を目視で探し出し、口や尾の特徴点などから体長を測っていたが、時間がかかるうえ作業者ごとに誤差が出るという難点があった。
そこでNECは独自の画像分析技術を開発した。いけすにカメラを沈めて動画を撮影。ディープラーニング(深層学習)によって測定に適した魚と特徴点を自動抽出し、体長を自動測定する方法だ。従来70匹の測定に60分かかったのに対し、555匹を10分で測れるようになった。
「いけすの全体像を正確に把握することで、養殖業者は出荷時期を判断できる。また、適切な給餌量が分かれば餌の食べ残しが減り、海洋汚染を減らせる。養殖コストの70%は餌代が占めるためコスト削減効果もある」と同社ビジネスクリエイション本部エキスパートの早坂真美子氏は指摘する。
19年度からの商用サービス開始を目指している。利用者が動画をNECのサーバーにアップすると、いけすの魚の体長の測定・分析リポートが提供される仕組みを検討している。「将来的にはデータ収集を自動化し、AI(人工知能)が育成や給餌のモデルに従って指示を出すようにしたい。魚価の高い時に魚を出荷する在庫管理ができるようになる」と早坂氏は展望を話す。
いけすの管理では、NTTドコモも17年7月、双日とマグロ養殖でIoTとAIを活用する実証実験を行う覚書を締結した。AIで給餌の量やタイミングを最適化し、出荷時期の決定や売り上げ予測に役立てる。「いずれ流通業にもIoTを導入したい。漁船が浜に着くまでに魚種と漁獲量が分かれば小売業者がスマホで競りに参加できる仕組みが作れる」と山本氏はみる。
KDDI
定置網の漁獲量を推定、取り過ぎを防ぐ
KDDIは定置網の漁獲量を予測するシステムを開発中。
取り過ぎを防ぎ、先物取引も可能に
天然水産物の漁業にもIoTが導入され始めた。KDDIは定置網の漁獲量を予測し、漁師が網を引き揚げるタイミングを判断するシステムを開発中だ。あらかじめ漁獲量が分かれば、船を出して空振りすることがなく、燃料コストやCO2の削減につながる。東松島みらいとし機構とKDDI総合研究所などがセンサーなどを搭載したブイを開発し、宮城県石巻湾で実証実験を行った。
水中カメラで定置網の中を撮影し、基地局から送ったデータをサーバーに蓄える。漁師の知見も手掛かりにしながら、水温や塩分濃度、気象庁の公開情報、例年の漁獲量パターンなど500以上のパラメーターから漁獲量推定に使える70パラメーターを絞った。
17年度からは過去2年間のセンサーデータを解析して漁獲量を定量的に予測するプロジェクトを始めた。「漁獲量が推定できれば、漁獲枠の規制と照らして取り過ぎを防いだり、どれだけ資源を残すべきかを考えられる。漁業をサステナブルにできる」とKDDI ビジネスIoT推進本部地方創生支援室マネージャーの福嶋正義氏は話す。
衛星で違法船をあぶり出す
IHI
衛星で漁船を追跡、違法船をあぶり出す
IHIはAIS(自動船舶識別装置)の信号を衛星で捉えて地図上に表示するサービスを開始(左、漁船は水色の点)。小型船向けの簡易AISも開発した。(右)。違法船の摘発に使える
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IHIは衛星を活用して違法漁船をあぶり出す技術を開発中だ。目を付けたのが、船が搭載するAIS(自動船舶識別装置)。AIS情報は通常、沿岸で受信するため、遠洋にいる漁船の位置情報の収集は難しい。そこでIHIジェットサービス(東京都昭島市)は、AIS信号を衛星でキャッチし、その情報を提供するサービスを17年6月に始めた。
AIS受信機を搭載した、カナダのイグザクトアースの衛星の情報を活用し、漁船の位置をほぼリアルタイムで地図上に表示する。AISを搭載していない小型船に対しては、10万円程度と安価な簡易型のAISも開発した。小型船に簡易型AISを搭載して実証実験を行ったところ、どんな海域でも船を追跡できることが分かった。簡易型AISで約10億円、運用・通信料で年間1億円程度の売り上げを見込んでいる。
今後は、地図に表示された船の動きを分析するシステムも開発していく。船跡からどこで魚を取ったか割り出し、原産地証明が正しいかを確認する。網を入れた回数も分かる。船の貯蔵庫の容量と沿岸との往復回数から漁獲量も推定できるという。
「AIS情報を読み解き、合法的に取られた魚であることや、原産地証明が正しいことを第三者認証機関が認証する仕組みが作れたら、持続可能な漁業に貢献できる」とIHIジェットサービス、衛星情報サービス部長の川辺有恒取締役は話す。
水産業の生産や流通の現場にIoTが導入されることで、効率化や課題解決が進み、水産業が成長産業として生まれ変わる可能性が出てきた。
(藤田 香=日経ESG)
日経ESG
ESG(環境・社会・ガバナンス)を経営に生かすためのビジネス誌。投資家や先進企業の動向、国際的な枠組みなどをお伝えしています。
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