思考と感情のネガティブ連鎖を食い止めた経営者

 経営者の方で同様のことをされている方がいます。私はレジリエンスについて経営者向け講座を提供しています。受講者のお一人であった居酒屋チェーン、湯佐和の湯澤剛社長は親から経営を引き継いだ会社が危機に陥った時、想定しうる最悪の事態をひたすら紙に書きなぐっていたそうです。

 ライティングセラピーの観点から言えば、心の中で蓄積された怒りや不安といったネガティブ感情をあえて表出させることで、緊張を緩和させたと解釈できます。

 例えば「このままでは借金が返せない」といったネガティブな思考は、どこかで対処しないと心の中で延々と繰り返され、さらなる不安や心配、怒りや後悔などを生みがちです。そうなってしまったら経営トップとして的確な判断や意思決定を下すことは難しいでしょう。

その逸話は『リーダーのための「レジリエンス」入門』(PHPビジネス新書)に出ています。湯澤社長ご本人はライティングセラピーと呼ばれる手法だとは知らなかったようですね。

久世:ええ。紙に書きながら感情を表出させ、しかも目に見える文章として自分の考えを客観視できる状態を作り出すことで、湯澤社長は思考と感情のネガティブな連鎖を食い止め、精神面のいわば底打ちに成功したと考えられるでしょう。

 重責のある経営者でなくても、仕事を任されているビジネスパーソンであれば誰しもネガティブな感情にさらされることが起きます。だからこそ、それに対処する術(すべ)を持っておくべきでしょう。

 感情に揺さぶらされそうになったときにいったん息をついて、自分の思いや感情を紙に書き出し、心を整理する習慣は有効だと考えます。

書くことで自分の強みを見いだせるということはありませんか。

 このセラピーの研究でネガティブ感情の鎮静に役立つという結果は出ていますが、強みがわかるなどの前向きな効果については不明です。というのは目的がストレスや不安を和らげることなので、ポジティブな心理効果の測定をしていないのです。

 一方、ポジティブ心理学に「最高の自分」という手法があります。夜寝る前に10分から15分ほど、「すべてがうまくいったと想像して、将来の最高の自分を思い描き、紙に書く」ものです。

 この手法を3日間続けたところ「気持ちがとても前向きになった」「ポジティブな感情が増加し幸福感が増した」「頭痛の軽減や免疫系の改善など健康状態が良くなった」という結果が出ています。ライティングセラピーとは異なりますが、同じ「紙に書く」という手法の例としてご紹介します。

 もう1人の専門家、吉田典生氏の話を紹介する。吉田氏は筆記によるセラピー手法「ジャーナリング」の普及活動を進めており、『「手で書くこと」が知性を引き出す』(文響社)の著者でもある。

 吉田氏が理事を務める一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュートはマインドフルネスに関する知見を用いた組織開発を支援する。マインドフルネスには色々な定義があるが、同団体は「今をありのままにしっかりと認識するという心の在り方」とし、その心の在り方を実現する手法も含めている。

 さらにリーダー育成の研修を手がけており、その一つとして米グーグルが開発したリーダーシップ教育プログラム「Search Inside Yourself(SIY)」がある。

筆記によるセラピー手法「ジャーナリング」を「書く瞑想」として推奨されています。

吉田:グーグルで開発された教育プログラム「SIY」はマインドフルネスの考えに基づいた内容になっています。その中には特定のテーマについて決まった時間ずっと書き続けるワークが組み込まれています。まさにジャーナリングです。