内なる自分が発する言葉を書きつける

 「頭の中に浮かんでくる言葉を書きなぐる」ことに取り組み始めてから4~5年後の30代半ばになると「頭の中で鳴り響く批判的な言葉」はかなり減った。

 40代半ばの現在、困難な状況やネガティブな事象に面したときを別にすれば、日常で「自分の人生をとどまらせる言葉」が頭の中に出てくることはほぼ皆無となった。

 ここまでに至る間、私は勤めていた出版社を退社してフリーランスのライターになり、今年で9年目になる。苦労はあるものの破綻することなく仕事と生活を営めている。お陰様でもう15年近く、あの精神科の診療室に掲げられた書画は見ていない。

 今では以前ほどの頻度で頭の中に浮かんでくる言葉を書きなぐっているわけではない。それでも、仕事や私生活で壁に直面し、不安、苦しみ、悲しみを感じる時には3分でも5分でもタイマーを設定し、その時間内は集中して紙に書き出す。これで相当スッキリする。

 紙に書かれた言葉が「自分の意外な本音」だと自覚できたり、「親身なアドバイスをくれる友人」のような感覚が生まれたりして、勇気づけられることもある。

 こうした感覚が生まれてきたので「頭の中に浮かんでくる言葉を書きなぐる」という言い方より、「内なる自分が発する言葉を書きつける」という柔らかな表現のほうがふさわしいと最近では考えている。

書きつける習慣は文章力を上げる

 「書きつける」習慣を通じて私は精神の不調を脱すると共に、ビジネスパーソンにとって重要な文章力が向上した実感がある。出版社で勤務していたため仕事柄、文章を書くことは得意だと思っていたが、「頭の中に浮かんでくる言葉を書きつける」行為を習慣にしたことで文章を書くのに必要な言葉が以前より浮かびやすくなった。

 文章を書く行為は自分の思考内に浮かんでくる言葉を捉えて論理性と一貫性のある一つのストーリーとして完成させる作業と言い替えられる。ところが、思考内に止まっている言葉はもやもやしており、捉えどころがない。それではなかなか文が書けない。

 「頭の中に浮かんでくる言葉を書きつける」行為は言葉の輪郭を素早く捉える行為と見なせる。その行為をほぼ毎日実施したことで文章執筆に必要な“思考回路”が鍛え上げられたのだと思っている。


 先に述べた通り、メンタル不調の経験を機に、私は手で書くことを続けつつ、仕事の合間を縫って、瞑想やヨガ、あるいはビジネス書に書かれているメンタルトレーニング手法を探究した。30代の私的な時間はほぼ全て、メンタルトレーニングに類する手法の調査と試行に費やしたと言っていい。

 その結果、瞑想も有効だと分かり、30代に突入した頃から、短時間だがほぼ毎日取り組んでいる。10年ほど前、瞑想は宗教と同一視され、「なんだか怪しい」と避ける人も少なくなかった。その瞑想がここまで一般に知られ、ビジネス誌などで特集記事が組まれるようになった。世の中の変化に素直に驚いている。

 そんな中、私はここ数年、興味深い変化を感じ取っている。心理学の専門家やビジネスコーチングの専門家たちが、頭の中に浮かんでくる言葉を書きつける効果を学術的な検証結果を交えて主張し始めていることだ。

 「手で書く」「手で描く」ことを推奨する専門家にインタビューをしたので、次回は、専門家の意見や取り組みを紹介したい。

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