批判の声は私が起きている間、ずっと頭の片隅で聞こえた。仕事や用事が済んで一人きりになると声のボリュームが大きくなる気がした。休日も全くリラックスできなかったが、月曜日が来ると何とか仕事に行った。今から思えば20代の若い体力で乗り切っていたのだろう。

 不思議なことに声に悩まされていた当時の私は「他の人もそうなのだろう」と思い込んでいた。後になって職場の同僚に苦労話のつもりで打ち明けた際、「そんな声など生まれてから一度も聞いていない」と言われ、驚いたことを覚えている。

 欠勤にまでは至らなかったものの、仕事の約束の時間や集合場所を間違えることや、重要な会議の予定をすっかり忘れてしまうことが増えてきた。さすがにまずいと考え込み、意を決し、精神科の戸を叩いた。15年ほど前は私の記憶によれば精神科に通うことにどちらかというとネガティブなイメージがつきまとっていた。

禅の書画を掲げた精神科医との出会い

 精神科医に相談したところ、薬を処方されたが私に合わなかった。吐き気や眠気が出るし、日中ふらつく感覚まで出てしまい、どうにも受け入れられなかった。

 「薬をなるべく飲まないで自分の状態を改善する方法はありませんか」と精神科医に聞いた。すると「定期的に心理カウンセラーに通い、認知行動療法に取り組んではどうか」と提案してくれた。認知行動療法は個人の物事の受け取り方や考え方を変えることで心の緊張を緩和させていくものだ。

 「あなたが本気で治したいなら、自分の認知の癖を変え、人生で起きてくる出来事の捉え方を根本から変えること。それにはカウンセラーのサポートの下、御本人の努力が欠かせません」。

 その精神科医は禅に関心があったようで診療室の奥に達磨(だるま)の掛け軸や書画の「円相」が掲げられていた。そのせいかどうか、上記のアドバイスを受けたとき、修行を積んだ禅僧から言われたように感じた。

 精神科医の診療と並行しつつ、紹介された心理カウンセラーのところに通い始めた。血液検査を含む身体測定と心理テスト、生育環境のヒヤリングの後、感情や思考を自分で制御するイメージトレーニングの方法などを指南された。だが当時の私にはしっくりくる感覚が薄く、途中で挫折してしまった。

 それでも心理カウンセラーと対話できたことで「自分の頭の中に自分の意図に反して、根拠なく自分を非難する声が鳴り響く」状態と向き合う姿勢がとれるようになった。

 東洋思想に「陰極まって陽生ず」といった言葉がある。当時の私はその言葉が示す転機に差し掛かっていたのだろう。

 「自分の頭の中で何が起きているのか。なぜこんなにも根拠なく自分を非難する声が頭の中で常に鳴り響いているのか」。その理由を知りたい一心で、精神医学、心理学、宗教、哲学、自己啓発関連の話題、といったことを手当たり次第に調べ始めた。

「書きなぐり」始めて人生が変わった

 そのとき一冊の書籍に出会った。『書きながら考えるとうまくいく! プライベート・ライティングの奇跡』(PHP研究所、マーク・リービー著、森重優実訳、現在絶版)である。その本のキーメッセージは次のように簡潔であった。

 「タイマーで制限時間を設定し、今、頭の中で浮かんだ言葉をひたすら紙に書き出せ。支離滅裂な文章でも構わない。制限時間内は手を止めずに書き続けなさい。それが次第に人生を変えることになる」。

 その本を読みながら「それで人生が改善できるなら苦労しないよ」と思ったものだ。それでも当時の私はよほど自分を変えたかったのだろう、同書の内容を素直に実践し始めた。

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