最先端の環境技術を詰め込んだ海上物流の切り札
「エコシップ」がもたらすインパクトを専門記者が解説
海運業界に新たな高波が押し寄せる。現行より格段に厳しい排ガス規制が導入されるからだ。最先端の排ガス浄化装置や燃料の転換でNOxやSOxの排出を大幅に減らす。環境の専門ビジネス誌「日経エコロジー」がエコシップの最新動向を解説する。
世界最大級の自動車運搬船に、最先端の環境技術を詰め込んだ
1回に7500台もの自動車を運べる世界最大級の船が昨年、竣工した。川崎汽船の「ドライブ・グリーン・ハイウエー」だ。長さ200m、幅37.5m、高さ38.23mという超大型船には、最先端の環境技術がぎっしり詰まっている。
排ガス中のSOxを除去
●ドライブ・グリーン・ハイウエーの環境装置
出所:川崎汽船の資料を基に作成
大気汚染物質のSOx(硫黄酸化物)やNOx(窒素酸化物)の排出を抑制する装置や太陽光発電システムを搭載。さらに、風の抵抗を軽減するデザインや、海水の抵抗を受けにくくする低摩擦塗料などを採用している。同等規模の既存船と比べて、運搬する自動車1台当たりの排出量はSOxを90%以上、NOxを50%以上削減した。CO2(二酸化炭素)は、25%以上も少ない。
川崎汽船は2050年を目標とする長期の環境ビジョンを掲げている。同社技術グループ造船計画チームの山﨑伸也チーム長は、「SOxやNOxの規制を先取りしたドライブ・グリーン・ハイウエーをフラッグシップに位置付けて、環境対応をアピールする」と話す。
海運業界でも環境規制が強まっており、国際海事機関(IMO)により、今後、新たなSOx・NOxの規制値が適用される。SOxは、早ければ2020年にも一般海域において、燃料に含まれる硫黄成分の規制値を3.5%から0.5%に厳しくする見通しだ。北米の沿岸部や欧州のバルト海などでは、それよりもさらに厳しい0.1%という規制値を先行して適用している。
NOxについては、北米の排出規制海域において、エンジンの定格出力当たりの排出量を14.36g/キロワット時(kWh)から3.4g/kWhに引き下げる。2016年以降に起工する船が対象だ。
川崎汽船は規制強化に備えて、技術の検証を進める。実効性や経済性を評価し、これから導入する船に最適な技術を採用する考えだ。SOxの規制値をクリアするためには、燃料を「マリンガスオイル」という硫黄分の少ないものに切り替える方法もあるが、現在使用している重油に比べて割高となる。そこで、排ガスに含まれるSOxを取り除く装置「スクラバー」を取り付けた。
スクラバーは高さ12.5m、太さ4mの巨大な筒状の形をしている。その中に排ガスを通し、内部で水を噴き付けてSOxを洗い流す。水を細かい霧状にし、何段階かに分けて噴き付けることで効率良くSOxを取り除けるという。
NOxの削減対策は2つある。一つは、EGR(排ガス再循環)。排ガスの一部を大気へ放出せずに回収して、エンジンの燃焼室に再度戻す仕組み。NOxは、燃料と空気の混合ガスが高温で燃焼することで発生する。温度が低い排ガスを入れることで燃焼室内の温度が下がり、NOxの発生を抑えられる。
もう一つは、重油に水を混ぜた「エマルジョン燃料」の採用。これを使うと通常の燃料と比べて燃焼温度が下がるため、NOxが発生しにくくなるという。
EGRだけでも新規制をクリアできるが、燃費を改善するためにエマルジョン燃料と組み合わせている。一般に燃費を良くしようとするとNOxの排出が増える。そこで、2つの対策でNOxを減らすことで、燃費性能を高めつつ、NOx規制をクリアできるようにした。
NOxを取り除く方法としては、ディーゼル車などに採用されている「尿素SCR(選択触媒還元)」も知られている。尿素水の化学反応を利用する排ガス浄化技術だが、装置が大きく、運搬できるクルマの台数が大幅に減るため採用しなかった。
オールジャパンでLNG燃料船
燃料転換では、SOxの排出を心配しなくて済むLNG(液化天然ガス)という選択肢もある。むしろ、米国のシェールガス開発によって価格低減が期待されるLNGを次世代燃料として期待する向きは多い。ただ、LNGは供給インフラが整っていないため、燃料として使う船の開発は進んでこなかった。
日本郵船のLNG燃料船「魁」(上)。オールジャパンの技術を投入して次世代燃料として期待されるLNGを使う。LNGを気化して圧力を調整するため、気化したLNGをためるタンクも内部に持つ
そうした中、日本郵船は国内初となるLNG燃料船「魁(さきがけ)」を2014年に竣工した。魁は、大型貨物船の入港補助などの用途に使う小型のタグボートである。
数年前から、子会社で造船を手がける京浜ドック(横浜市)やエンジンメーカーの新潟原動機(東京都千代田区)などオールジャパンの技術で開発してきた。日本郵船燃料グループの篠崎宏次グループ長は、「海運会社として環境規制への対応は待ったなしの状況にあった」と振り返る。
日本郵船は今後、LNGの販売に本格的に乗り出す。LNG燃料船を増やすに当たり、LNGの価格変動リスクを回避するのが狙いだ。約900隻の船を所有する同社は、年間約540万トンの燃料を購入している。その費用は多いときで年間2000億円以上。燃料価格が収支に与える影響が大きいため、LNGの購入価格が上がった場合、LNGの販売価格を上げることによって燃料代の増加を相殺できるようにする。
魁は、LNGと重油の両方を使えるディーゼルエンジンを搭載した。マイナス162度にして液体で貯蔵しているLNGをエンジンに供給する際、気化して圧力を調整する必要がある。そのため、気化器と、一時的に気化したLNGをためるタンクを追加している。こうすることで、あらかじめ気化して圧力を調整しておいた燃料を、エンジンの出力に応じて素早く供給できる。
日本郵船はLNGを燃料に使う自動車運搬船を2隻建造した。篠崎グループ長は、「船に燃料を供給する際、漏れを防ぐためにどういう手順で実施すればいいかなど、タグボートで得た知識は大きい。今後のLNG燃料船の運航やLNGの販売に生かしていく」と言う。
GEは火力発電技術を応用
LNGへの燃料転換の動きをにらみ、船舶用エンジン事業を強化しているのが米ゼネラル・エレクトリック(GE)だ。世界最大の航空機エンジンメーカーである同社の製品は、ジェットエンジンを転用したもの。ガスタービンで発電し、電気モーターでスクリューを回す。船舶用として現在主流のディーゼルエンジンに比べて、重さは約8割軽く、体積は約3割小さいという。貨物を最大1割多く積めるほか、積み荷を増やさなければ3%の燃費改善効果も期待できる。
GEグローバルオフショア&マリンシニアセールスディレクタージャパンの村上徹氏は、「海運会社や造船会社に加えて、電力会社やガス会社など貨物船を利用する企業にアプローチして輸送コストの削減を提案している」と明かす。海運会社や造船会社がどのメーカーのエンジンを採用するかを判断する際、顧客であるこうした企業からの要望が大きく影響するからだ。
「COGES(コジェス)」と呼ぶGEのシステムの特徴は、ガスでタービンを回して発電した後、その排熱で作った蒸気でタービンを回し、再度発電すること。「コンバインドサイクル」と呼ばれ、火力発電に使われている方式である。GEがエンジンを供給する電気推進船は、速度をコントロールしやすく、船室などで必要な電力を賄える。ただし、エンジンで直接、スクリューを回す機械式の方が、投入する燃料に対して得られる推進力は大きい。GEはこの効率の差を埋めるために、ガスタービンと蒸気タービンの2段階で発電する方式を採用した。
燃料は重油も使えるが、LNGにターゲットを絞る。「シェールガスの供給量が増えていることもあり、長期的に見ればLNGの方が経済的に優位性がある」(村上氏)。
LNGに切り替えればSOxはほとんど出ないが、NOxは発生する。GEは2つの方法でNOxを削減する。一つは、燃料を噴射するノズルの数を増やし、太さを細くすること。点火のタイミングをきめ細かく制御することで、NOxの発生につながる燃焼時の温度上昇を緩和できるという。もう一つは、水を噴きかけて燃焼室内の温度を下げる方法である。前者は初期コストが高いが、管理が楽。後者は低コストの半面、水の管理が必要になる。顧客はどちらかを選べる。
SOxをほとんど出さないLNGに着目
●ガスと蒸気で2度発電するGEの「COGES」
出所:GEの資料を基に作成
海運市況は現在、低調ではあるものの、今後、新興国の経済成長などにより荷動きの増加が見込まれる。需要を捉えるためにも、環境規制への対応が急がれる。
(日経ビジネス2017年3月6日号より転載)
環境の専門ビジネス誌。法規制や国際的なルール作り、そして消費者の志向、社会情勢などを総合的にカバーしてお伝えしています。
相馬 隆宏
日経エコロジー副編集長
肩書は日経エコロジー記事掲載時(2016年7月)のものです。
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