想定しているのは、美術館などでの展示説明だ。左右どちらを向いても、正面の絵画が語りかけるような演出ができ、音源からの遠近感も工夫できる。トイレを探している人に対して「右側を向いてください」と、直感的に分かりやすく案内することもできる。18年度中の実用化を目指すという。

 さらに注力するのが、イヤホンを装着している個人を特定する技術だ。NECは耳の構造が一人ひとり異なることに注目し、イヤホンを使って個人を認証する取り組みを進めている。

個人で異なる耳のつくりを認証に生かす
●NECの耳認証の仕組み

 耳認証の仕組みはこうだ。まずイヤホン内蔵のスピーカーから音を流す。耳の穴から入った音は、外耳道を通って鼓膜を震わせる。その外耳道の内部で反響する音をイヤホン内蔵マイクで拾い、分析する。外耳道は立体的で複雑な構造をしており、そのサイズや形状は千差万別。反響音も人によって異なるため、個人を特定できる。

 「耳の内部の構造は外部から見えないため、コピーは困難だ」と、NECデータサイエンス研究所の荒川隆行主任は指摘する。同社の調べでは、耳認証の精度は99.99%と他の生体認証に比べても高いという。

「顔パス」の次は「耳パス」に?

 もう一つのメリットは、イヤホンを装着しているだけで認証が完了すること。指を読み取り装置にかざすなどの動作は不要だ。NECは2月、人間の耳には聴こえない「非可聴音」で個人を識別する技術を開発したと発表した。非可聴音なら利用者の意識を邪魔することなく、常時認証し続けられる。

 耳認証の特徴を決済サービスに生かそうとしているのが、電通子会社の電通ライブだ。同社は17年11月、サッカースタジアムで観客にイヤホンを貸し出し、売店でビールを販売する実験を実施した。ビールとおつまみを買うと両手が塞がり、支払いに時間を要してしまう。将来は、「顔パス」どころか「耳パス」でクレジットカード情報を読み出し、決済するのも夢ではない。

 老舗音響メーカーも負けてはいない。スマホの普及を追い風に「イヤホン市場は拡大している。高価でも良い製品を求める消費者も増えている」と、オンキヨー&パイオニアイノベーションズの足達徳光・商品企画部課長は話す。

 同社は「HearThru(ヒアスルー)」という機能をイヤホンに搭載。この機能をオンにすることで、音楽などを聴いていても、電車内のアナウンスやクルマの接近音など特定の音が聴こえやすくなる。イヤホン装着時でも、周囲に注意を払える工夫をこらした。

 イヤホンはもはや、音楽を聴くためだけの道具ではない。これまでとは逆に、装着することで注意力と判断力を高められる可能性すらある。一度使ったらスマホを手放せなくなるように、イヤホンなしでは生きられない時代が到来するかもしれない。

(白井 咲貴)