グーグルマップの地図機能を他社も使えるワケ
「Web API」がもたらすインパクトを専門記者が徹底解説
自社の情報システムの使い方をルールとしてまとめ、ネット経由で他社にも使いやすくする。そのルールがWeb APIであり、次々と新しいサービスが勃興するネット業界の原動力となった。公開と活用の好循環によって生み出される経済圏が、ネット業界以外にも広がり始めた。
他社の設備・技術をフル活用できる
●寺田倉庫「minikura API」の仕組み
(写真=左上:エアークローゼット、左下:バンダイ、背景:寺田倉庫)
「いろんな服を楽しめるなんてすてき」「自分ではまず選ばないスタイルにもチャレンジできるのが新しい」──。洋服のレンタルサービス「airCloset」が女性の人気を集めている。会費は月6800円(税別)からと安くはないが、2015年2月のサービス開始から1年半で、会員数は8万5000人を突破した。
会員が洋服の好みなどを入力すると、プロのスタイリストが選んだ服が3着送られてくる。服を楽しんだら返送するだけ。新しい服が3着、また自宅に届く。クリーニング代や送料も会費に含まれる。
このサービスを運営するベンチャー企業、エアークローゼット(東京都港区)は自社で倉庫も物流機能も持たない。その代わり、老舗の倉庫会社である寺田倉庫(同品川区)の設備をフルに活用している。
両社を結び付けている秘密は、Web API(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)にある。
寺田倉庫は2012年に段ボール1個から保管するサービス「minikura」を始めた。2013年11月には、倉庫・物流機能を外部企業がネット経由で活用できるようにWeb APIを公開。その結果、出庫・配送や着荷・入庫といった基本的な保管・物流の仕組みから、商品撮影やクリーニングなど、様々な指示を外部事業者が直接出せるようになった。今や「minikura API」の数はおよそ200種類に増えた。
エアークローゼットはWeb APIを業務プロセスに組み込み、自社サービスとして仕立て上げた。寺田倉庫の倉庫を借りながら、預けてある洋服の写真撮影を依頼したり、会員にクリーニング済みの商品を届けたりできる。しかも、自社の社員が倉庫に赴く必要は一切ない。
「グーグルマップ」が代表格
Web APIとは自社の情報システムの使い方をルールとしてまとめたもの。ネット経由で他社にも使いやすくなる。ネット業界では2000年代からAPIの公開・活用が当たり前だった。代表格が「Google Maps API」だ。同APIを利用すれば、米グーグルが提供する地図機能を外部の企業や個人が利用できる。
日本でも楽天やリクルートホールディングスそしてヤフーなどが積極的にWeb APIを公開。ネット業界が発展する原動力となった。その流れが今、ネットとは縁が遠かった伝統産業にまで広がってきている。
バンダイも寺田倉庫のWeb APIを利用する一社だ。個人からフィギュアなどのコレクションを預かるサービス「魂ガレージ」を共同で提供する。
このようにAPIを公開することで自社だけでは想像も付かなかったサービスが生まれ、新しい顧客を呼び寄せた。それが寺田倉庫自身の成長にも寄与する。minikuraの売上高は APIを公開後の2014年に前年と比べて2.3倍に伸び、2015年はさらに前年比で2.8倍へと跳ね上がった。
使う側の企業にとっても、他社が持つ設備や機能を活用して、自社サービスの競争力を低コストで高めやすくなる。実際、minikura APIを使って事業を始めたい企業が約20社、待っている状態だ。「早い段階でAPIを公開したからこそ、多くの企業から声をかけてもらえている」(寺田倉庫の藏森安治氏)という。
戦略的にAPIを公開する動きは全世界に広がっている。技術情報サイト「ProgrammableWeb」によると2016年7月現在、ネット上で公開されているWeb APIは約1万5000。5年前と比べて4倍以上に増えた。
背景には多くの産業で、単独で全てのサービスを開発・提供するビジネスモデルが限界を迎えつつあることがある。象徴的とも言えるのが、フィンテック旋風が吹き荒れる金融業界だ。
IT系のスタートアップ企業や大手ネット企業が、金融機関が独占的に手掛けてきた金融サービスに風穴を開け、消費者の支持を集め始めた。金融機関は、外部にビジネスアイデアを求めたり他サービスとの連携を模索したりする必要に迫られている。
金融業界に限った話ではない。電力自由化の波で競合が一気に増えた電力会社、MVNO(仮想移動体通信事業者)の普及で熾烈な競争にさらされている通信事業者なども状況は同じだ。
2010年以降、公開の動きが加速
●インターネット上に公開されているWeb APIの推移
出所:技術情報サイト「ProgrammableWeb」の資料を基に本誌作成
ドコモは先行マーケティング
NTTドコモは、APIが生み出す経済圏の可能性に早い段階から気付いていた一社だ。自社の研究開発で生み出した成果を、APIとして惜しみなく外部提供する。2013年11月から2年半で、1万弱の外部開発者がAPIの利用申請を済ませた。累計で5000以上のアプリが生まれ、1年間でAPIが呼び出された回数は5000万に及ぶ。
狙いの一つが、パートナーとの協業で新ビジネスの創出を目指すこと。APIを通じて資産を開放し、有望なパートナー候補を呼び込む。
もう一つが、先行マーケティングとしての位置付け。APIの利用傾向から、次のトレンドとなるサービスの姿が浮き彫りになるからだ。
例えば、教育ベンチャーのすららネットは全国600の学習塾や90の学校が導入するデジタル教材「すらら」にドコモのAPIを組み込んでいる。
「勉強を続けてえらいね」「次は英語をがんばってみよう」──生徒が問題を解くなど学習を進めるたびに、パソコン画面上の仮想キャラクターが適宜話しかけて応援してくれる。ドコモが公開した「シナリオ対話」と「雑談対話」の2つのAPIを活用している。
生徒の学習進度に応じて適切に助言
●デジタル教材「すらら」の新機能「AIサポーター」
(写真=上:すららネット、下:新島学園中学校・高等学校)
手応えを感じたドコモは2016年8月上旬にも、対話アプリを手軽に作製できる商用サービスを始める計画。先行マーケティングで見極めたAPIを新たな収益源に結び付けた好例だ。
ただ、APIを公開しただけで経済圏は生まれない。公開するからには、外部の開発者に寄り添い続ける努力が必須となる。その意味で、API公開企業には覚悟が求められている。
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(日経ビジネス2016年8月1日号より転載)
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