うどんこ病にかかると収量が3割近く減るため、小麦生産の最大の脅威となっている。うどんこ病に抵抗性を持つコムギの安全性が確認されれば、世界の食料生産に大きなインパクトを与えるのは間違いない。

 水産分野への応用は国内勢も存在感を発揮している。京都大学大学院農学研究科助教の木下政人氏と近畿大学水産研究所教授の家戸敬太郎氏の研究チームは、ミオスタチンと呼ぶ遺伝子に着目した。筋肉の増殖や成長を抑える機能があるため、この遺伝子をノックアウトすれば細胞が大きく育つ。

 マダイで試した結果、ゲノム編集した個体の筋肉量は通常の個体よりも多くなり、食べられる身の量も増えた。食品としての安全性が確認できれば、丸々と太ったマダイを養殖しやすくなる。これは養殖業者の経営を安定させるのに大きく貢献する。

 同じミオスタチンを働かなくすることで、筋肉量が通常より多いウシやヒツジも既に生み出されている。また角の形成に関与する遺伝子をノックアウトすれば、角がないウシを生み出すことも可能だ。実現すれば、雄ウシ同士がけんかしたとしても、角で体を傷付けることを防げる。

 このようにゲノム編集を使えば、家畜動物や養殖魚の品種改良の効率を大幅に引き上げることができる。

 もちろんゲノム編集にも課題はある。最新の手法でも、標的とする塩基配列以外が切断されて遺伝子に予想外の変化を起こしてしまうことがある(これをオフターゲット切断と呼ぶ)。ゲノム編集を品種改良や医療に応用するには、オフターゲット切断が起きていないかどうかを評価することが重要となる。

 とりわけ食品の安全性に関わる議論は慎重に進めないと、社会に広く受け入れられることは難しい。

 1990年代から遺伝子組み換え技術を用いて改良した農作物(GMO)が米国などで栽培され、食品の原料として出荷されてきた。国が定めた厳格な安全性審査をクリアしており、食品としての安全性は確認されている。ただ、GMOを好んで食べようという消費者が増えているとは言い難い。

 一般の消費者が違和感を覚えたのは、別の生物種から取り出した遺伝子を人工的に挿入することだろう。その点、ノックアウト型のゲノム編集なら、その生物種が本来持っている遺伝子をピンポイントで働かなくするだけだ。自然界でも突然変異によって、特定の遺伝子が欠損する変化は常に起きている。外来遺伝子を導入しないゲノム編集であれば、GMOとは異なる規制で対応できる可能性がある。

 消費者がメリットを感じやすい食品はとりわけ有望だろう。例えばソバで、アレルギー原因物質を生成する遺伝子をノックアウトできれば、アレルギーの人でも安心して食べられるようになる。日本人が主食の米でも、健康成分の含有量を高めたり芳香成分を増したりしたイネの開発も進んでいる。消費者目線のゲノム編集ならば、GMOの課題を克服できるかもしれない。

医療や農業を根本的に変革する
●ゲノム編集の応用例
多くの生物でゲノムの全配列が解読されている。その地図の中から目的の遺伝子を複数ノックアウトしたり、外から別の遺伝子を挿入したりできる。ゲノム編集は医療分野だけでなく、あらゆる生物の品種改良にも役立つと期待されている