「トップの味が求められている」(吉本)

吉本:その一方、味覚の面では、日本人が煎茶や玉露などを飲んで「魂に響くなぁ」というアミノ酸のダシのようなうま味を感じるところまでは、外国人の方はまだ来ていないと感じています。私たちの一番のミッションは「日本産の日本茶を世界のトップブランドにする」ですから、地道な啓蒙活動をしていかなければいけないとも認識しています。

 そのなかで、尾畑さんのような日本酒をはじめ、ダシなど日本の本物の味を広めていただけている流れがあります。そこから「日本茶のトップクラスの味はどうなんだろう」と興味を持っていただける動きが出てきているのは確かなので、たいへんありがたいことでもあります。

尾畑:ダシの例を日本酒に置き換えると、「お燗のおいしさ」に目覚めるには少々時間を要する、という感じでしょうね。もっとも、それは日本人でも同じで、やはり「お燗のおいしさ」に到達するには経験値が必要です。

 分かりやすさも大事です。10年ぐらい前に海外で日本酒のプロモーションをしていたとき、向こうの人から質問をたくさん受けたんです。彼らは「田んぼ」も「大吟醸」もよく知りません。「どう伝えたら、もっと分かりやすいだろう?」ってあれこれ考えて、工夫して説明するわけです。戻ってその話を日本の若者にしたところ「自分も聞きたい」って言われて、ハタと気が付いた。日本の人は日本酒のことを知っている、って勝手に思い込んでいたって。実際は世界中を飛び回っている日本のビジネスパーソンでさえ、ブランドは知っていても酒文化は語れない人が多い。私たち、何も伝えてきてなかったのかもしれないって。

「日本酒を飲まない人に伝えよう」(尾畑)

海外の人も、日本の初心者も、実は同じように分かりやすい情報を求めていたと気付いたのですね?

尾畑:2000年代初め、日本酒業界はずっと右肩下がりでした。アルコールを飲む人のなかで日本酒を選ぶ人はわずかに6%台。でも、それは当然の結果だったと言えます。飲み手を育ててこなかったんですから。

 それから、考え方ややり方が変わりましたね。海外への進出も志を持ってどんどんやるべき。でも、国内の大きな可能性も将来のために育てなくてはいけない。ここにきちんと取り組めば、6%の市場が12%になるかもしれない。そうなれば業界全体にチャンスが広がるのではないかと。

尾畑留美子(おばた・るみこ)
尾畑酒造専務、五代目蔵元。佐渡島の真野町(現・佐渡市)で生まれる。慶應義塾大学法学部卒業後、日本ヘラルド映画に入社。1995年、酒蔵を継ぐために、佐渡島に戻る。米・水・人そして佐渡の4つの宝の和をもって醸す「四宝和醸」が酒造りのモットー。日本酒「真野鶴」は、「全国新酒鑑評会」金賞、「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」のSAKE部門ゴールドメダルをはじめ、数々の入賞を果たしている。日本酒造組合中央会需要開発委員のほか、農林水産省や総務省をはじめとする官庁関連での委員経験も多い。

 そう思ってからしばらくは、あえて日本酒離れと言われていた大学生やワイン愛好家とお付き合いして、この人たちにどうしたら日本酒を飲んでもらえるのか、考えました。もう、グツグツと(笑)。蔵元の代替わりが進んでいた時代でもあり、なんとなく全体のムードが変わっていったな、という感じも出ていた。そして、2011年に業界の数字が前年比プラスへ。今、若い人たちの間でも日本酒が飲まれ始め、美しい自然環境が生んだ日本文化を象徴する飲み物だという認識が広がり始めています。

吉本:文化というのは一つの指標になりますよね。ノンアルコールドリンクの世界だと、ジュースは文化が語れないんですよね。その人のライフスタイルを象徴する、分かりやすい飲み物ではありますが。

 お茶は極端な話、歴史を振り返ると世界を逆転させる力があることが分かります。19世紀のイギリスの繁栄を支えた貿易品の1つがお茶ですし、アメリカの独立革命でもボストン茶会事件が象徴的出来事として挙げられます。日本でも戦国時代、茶の湯は政治と密接でした。お茶が日本酒と共通しているのは、文化であり、権威なんですね。日本茶はまだこの辺りが十分に伝えきれていないと思っています。だからこそ、可能性を感じるんです。

日本酒にしても、日本茶にしても、その味わいだけでなく、そこから透けて見える文化や歴史を感じて楽しむというわけですね。

尾畑:そうですね。日本酒であれば、神事とのつながり。僧侶が酒屋を営んでいた時代があり、酒税が国の租税の3分の1を賄っていた時代もありました。

 日本酒の醸造技術は他国に類を見ない高度なものです。厳格な製造過程で生まれた日本酒ですが、飲み方のバラエティーは広く、酒器や温度、熟成の度合いで味わいが変化します。フレッシュな新酒も良いのですが、例えば「真野鶴・万穂」という大吟醸を佐渡金山の坑道で熟成させると、スパイシーな香りと芳ばしさが増してくる。その変化が面白い。お酒って生きているなぁって、実感できます。