“未知なる飲み物”だから可能性が広がる
「真野鶴」五代目蔵元×「ロイヤルブルーティー」創業者対談その1
飲んでおいしい。日本の文化や歴史に思いを馳せれば、さらに味わいが増す――。そんな楽しみ方ができるのが、日本酒と日本茶だ。
今、和食ブームの後押しもあって、世界からも日本酒や日本茶は注目を集めている。その流れの最先端に立つ2人の女性経営者がいる。
1人は、海外に日本酒を直接輸出している尾畑酒造(新潟県佐渡市)の五代目蔵元である尾畑留美子専務。日本酒「真野鶴」は、「全国新酒鑑評会」金賞、「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」のSAKE部門ゴールドメダルをはじめ、数々の栄誉に輝いている。2014年には廃校となった“日本一夕日がきれいな小学校”を、酒造りや学びの場として再生。佐渡島から地方創生の活動を発信している。
もう1人は、2014年2月にワインボトル(750mL)に詰めて30万円という高級緑茶「King of Green MASA Super premium」シリーズ第2弾が完売して注目を集めた、ロイヤルブルーティージャパン(神奈川県茅ヶ崎市)の吉本桂子社長。同社の日本茶は、手摘み茶葉を3~7日かけて水だけで抽出し、加熱殺菌せずに充填している。天皇皇后両陛下ご臨席の第61回全国植樹祭レセプションで振る舞われたほか、APEC(アジア太平洋協力会議)横浜やアウン・サン・スー・チー氏の晩餐会など国際舞台でも採用されている。
吉本桂子・ロイヤルブルーティージャパン社長(左)と尾畑留美子・尾畑酒造専務(右)。手前の製品は、左からロイヤルブルーティージャパンの日本茶「King of Green RIICHI premium」「京都宇治碾茶 The Uji」「King of Green MASA super premium」「The Japanese Green Tea IRIKA 炒香」「香焙」、尾畑酒造の日本酒「大吟醸 真野鶴・万穂」「真野鶴・純米吟醸 朱鷺と暮らす」「『学校蔵』2015仕込み2号(火入れ)」(写真=花井智子、以下同)
どのように海外マーケットを開拓していくか、世界に通用する商品をどう作っていくか、そして、企業として成長と継続をどう実現していくか。
老舗の跡継ぎとして日本酒の普及に務める尾畑専務と、起業家として日本茶の市場拡大に取り組む吉本社長が、大いに語り合った。
(司会は、日経BP社 食ビジネスシニアリサーチャー 戸田 顕司)
まず、お二方はお知り合いということですが、出会ったきっかけは何だったのですか?
吉本:2008年9月に、ロイヤルブルーティージャパンが農商工連携で神奈川県第1号認定を受けました。その後、所管である経済産業省関東経済産業局が農商工連携や地域資源活用などの認定を受けた中小企業が集まるイベントを開催しました。そこで、尾畑さんに出会いました。
尾畑:尾畑酒造も2008年に中小企業地域資源活用事業者の認定を受けて参加していたんです。
吉本:そのイベントでは、各社1分間のプレゼンテーションをする場が設けられていました。各社のプレゼンが終わって交流会の会場に移動しようとしたときに、尾畑さんに声をかけてもらったのが始まりです。
「本気度が群を抜いていた」(尾畑)
尾畑:200人のプレゼンを聞いて、「名刺交換したい」と思ったのは2人。その1人が、吉本さんだったんです。
なぜかと言うと、たまたま雑誌の記事で見ていて、ワインボトル入りのお茶というアプローチが面白いなと感じていました。価格やイメージも高級品なので、社長もゴージャス感あふれる方に違いない、と。ところが実際にお会いしてみたら・・・。
吉本:質素でなりふり構わず、ね(笑)。
尾畑:そんな失礼なことは申しませんが(笑)。ギャップが面白いと思いました。もう1つ理由がありまして、本気度が伝わってきたことですね。参加者の皆さん、それぞれ素晴らしいプレゼンだったのは言うまでもありません。ただ、吉本さんの本気度は群を抜いていて、「この人はやり切るだろうな」と。そう感じて声を掛けました。
尾畑留美子(おばた・るみこ)
尾畑酒造専務、五代目蔵元。佐渡島の真野町(現・佐渡市)で生まれる。慶應義塾大学法学部卒業後、日本ヘラルド映画に入社。1995年、酒蔵を継ぐために、佐渡島に戻る。米・水・人そして佐渡の4つの宝の和をもって醸す「四宝和醸」が酒造りのモットー。日本酒「真野鶴」は、「全国新酒鑑評会」金賞、「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」のSAKE部門ゴールドメダルをはじめ、数々の入賞を果たしている。日本酒造組合中央会需要開発委員のほか、農林水産省や総務省をはじめとする官庁関連での委員経験も多い。
吉本:私は、あのイベントは尾畑さんにお会いした印象しか残っていないんです。ロイヤルブルーティージャパンの事業に対して、本質を一発で理解してくれた珍しい方でしたから。当時、業績は赤字ですし、高級とはいえ日本茶のボトルが1本何万円で売れるなんて誰も信じていません。そんなときに、「これは!」と尾畑さんは注目してくれて、すごいマーケティングセンスをお持ちでいらっしゃると思っています。
出会って以来、尾畑さんは、私にとって、“お姉様的な存在”です。事業を進めていくうえで、困ったことがあると逐一、相談させていただいています。
尾畑:一番多い相談は、海外案件。吉本さんから電話がかかってくると、「あ、30分かかるな」って覚悟する(笑)。
吉本:(笑)。尾畑さんの海外への取り組みは早かったですからね。「真野鶴」はその頃すでに海外に直接輸出していましたよね。
尾畑:私は大学卒業後に就職した映画配給会社を1995年に辞めて佐渡島の蔵に戻ったんですが、当時から「海外の人に『真野鶴』を飲んでいただきたい」という思いを持っていました。本腰を入れたのが2002年。でも、その頃は、地方の小さな無名の蔵を大手の日系商社は取り扱ってくれませんでした。
だったら、自分でやっちゃおうと。何せゼロだから失うものもない。英語でウェブサイトを制作したところ、たまたまアメリカ人から問い合わせがあったんです。そこからたっぷり一年かけてアメリカでの申請や商品検査などを一つずつクリアしました。普通は業者さんに任せてしまうようなことを自分でやったのは、その後を考えると良い経験でした。アルコールの輸出は国によっては煩雑でめげてしまいそうな手続きがいっぱいあるのですが、最初のアメリカがそもそも厳しい国で、それでもなんとかできた。だから、その後が楽です。
吉本:エールフランス航空のファーストクラスにも搭載されていましたよね。ロイヤルブルーティージャパンも航空会社のファーストクラスに採用してもらうべく研究していた時期だったので、どんな営業をされたのか、とても気になっていました。
尾畑:そのアプローチも、始まりは2002年。父が「留美子、うちの『真野鶴』を国際線で飲みたいなぁ」と遠い目をしてつぶやいたんです。それを聞いて、私は何を思ったのか「分かった」と答えちゃった。なんの当てもないのに(笑)。ただ、フランスはワインの国。小さなワイナリーのお酒でもきちんと評価をしてくれる文化があるはずだから、やってみよう、と。その結果、2003年春から国際線に搭載されました。
「現地代理店とつながるのはすごい」(吉本)
吉本:ロイヤルブルーティージャパンも国際線のファーストクラスに載せたい!と考えて、その後いろんな仕掛けやアプローチをした結果、気に入ってくれた関係者が現れて仲介してくれました。まずはエアライン系総合商社が興味を持ってくれたことがきっかけで、今では日本航空(JAL)の国際線ファーストクラスでは全線で搭載されるようになりました。
そういう意味では尾畑さんの取り組みは、現地に根付いている販売代理店をパートナーとしている点がすごいなと思います。普通は、日系の販売代理店を選びがちだけど、そうじゃない。
吉本桂子(よしもと・けいこ)
ロイヤルブルーティージャパン社長。神奈川県藤沢市で生まれる。共立女子大学卒業後、グラフィックデザイナーとして活動。2006年5月、神奈川県藤沢市でティーサロン「茶聞香」を主宰する佐藤節男とともに、ロイヤルブルーティージャパンを創業。非加熱除菌による独自の茶抽出法を確立し水出し茶のボトリングに成功する。天皇皇后両陛下がご臨席された2010年5月の第61回全国植樹祭レセプションで採用、外務省の要請により2013年4月のアウン・サン・スー・チー氏の晩餐会にて乾杯利用拝命。13年6月、DBJ女性起業大賞(日本政策投資銀行主催)受賞。
尾畑:最初に商社に断られて大きな日系の流通に頼るという選択肢がなくなったことが、結果として幸いしました。そのおかげで、「どうしたら現地の人たちに飲んでもらえるだろう?」と自分で考えるようになりましたから。そこから飲み手が変わるなら流通も変えればいいんだと気がついて、現地のパートナーと直接仕事をするスタイルにつながりました。
ただ、そうは言っても、今と違って10年以上前はそんなことをしている小さな地方蔵はほぼ皆無。みんなに「できっこない」って言われました。それでも少しずつ輸出先が増えていき、今では14カ国15地域に。その半分が直接取引です。もっとも、ここに至るまでに失敗もいっぱいあったし、今も試行錯誤の繰り返しです。
吉本:ロイヤルブルーティージャパンの海外展開はこれからですが、私たちが世界に発信すべきは、“高級なノンアルコールドリンク”ということではないんです。その立ち位置では、ワインボトルやシャンパンボトルに入った高級ジュースと同じになってしまうからです。
どうすればエッジの効いた存在になれるのか。考えて行き着いたのは、「日本茶を、ワインや日本酒と同じように、料理とペアリングする様式を考案して広めている会社である」というブランドを展開することでした。実際、魚料理を引き立てる日本茶、肉料理を味わえる日本茶という製品があります。この楽しみ方を広く知っていただこうと、私たちはコース料理の一品一品に日本茶を合わせていく「茶宴(ちゃえん)」を提唱しています。
すると、海外ではシンガポールでナンバーワンのレストラン「アンドレ」が同じような考えを持っていたのです。とても共鳴できて、「アンドレ」では「ロイヤルブルーティー」を採用してくれました。シェフのアンドレ・チャンさんは「これからの高級料理は、ノンアルコールのペアリングとの時代になる」とはっきりおっしゃっています。ある意味で、イノベーションですよね。高級日本茶とペアリングすることで、料理の新しい楽しみ方や広がりを表現する。そこには、お酒を飲まない人も料理とドリンクの組み合わせを楽しめる、富裕層の健康志向が高まっているといった背景がありますので、これから市場が大きく広がると思います。
「佐渡にこだわって発信していく」(尾畑)
尾畑:「茶宴」はお酒が大好きな私も楽しめました。お茶を食中酒のカテゴリーに定着させていく、というのは面白いですね。確かにお酒が飲めない方もいらっしゃるし、ワインボトルはディナーの席にあって遜色のない外観ですから、場の雰囲気も保てます。お酒と料理とのマリアージュについては、海外はもちろん、国内でも関心が高まっているテーマです。おいしさや安全安心の先にある、新しい発見や驚きが求められているのかと思います。
吉本:私たちの海外展開におけるビジネスプランはターゲットを絞り込んでいて、「航空会社のファーストクラスに搭載させたい」「海外輸出をしたい」「外資系ホテルに入れたい」と考えています。JALには実績ができましたが、ほかの航空会社へ営業に行っても、よく「まずはメニューに載っているだけで、注文が入る環境を作ってください」と指摘を受けます。
機内メニューに「日本酒」とあれば、飲んでみたいというニーズは必ずあるでしょう。しかし、ボトル入りの高級日本茶では、お客様は「何それ?」となってしまう。このとき、キャビンアテンダントの方々は商品説明をしている時間はないんですよね。だから、世界各都市のトップレストランで「ロイヤルブルーティー」を提供するようにして、お客様が「あそこのレストランで飲んだ商品だ」と分かるようにしていきたい。
尾畑:お茶の世界でワインボトル入りの高級茶というのはオンリーワン。お茶人気も世界で高まっているところですから、チャンスですね。
日本酒も海外では人気、需要ともに急速に広がっていて、その情報がブーメラン効果となって国内ではプラスに影響しています。でも、実は海外で飲まれている日本酒の半分以上は、日本産ではなく、海外現地で生産しているのが実情です。
この状況でいかに個性を磨いていくかを考え、私たちは佐渡という地域性にこだわって酒造りに取り組んでいます。地酒と呼ばれるように、お酒は地域の米と水、人がいてこそ生まれるもの。逆に言えば、酒蔵があるところは、豊かな自然と田園があるところ。私は日本酒のことを、地域の風景や物語を広い世界に伝えてくれる「旅する地酒」と呼んでいます。「真野鶴」を通して「世界と佐渡をつないでいきたい」というのが、私の海外展開の原動力。パートナーとは、10年後、20年後、その先も一緒に成長していけるのが理想です。
「物語を伝える環境を作っていく」(吉本)
吉本:私たちもそういう環境を作っていかなければいけないと思っています。まず国際基準の品質管理を実現しているSGS-HACCP認証の製造工場を神奈川県の藤沢市から茅ヶ崎市へ移転します。工場には、直営店舗「ROYAL BLUE TEA Chigasaki Boutique」を併設します。日本建築の匠の技を結集したデザインされた高級茶のある空間で、「ロイヤルブルーティー」の購入に加えて、有料で試飲ができるようにしました。今までは高級レストランでないと楽しめなかった「ロイヤルブルーティー」をワイングラスで提供します。有料試飲は6席で、完全予約制にさせていただいています。さらに、オフィスにはテストキッチンを設け、シェフを招聘して「茶宴」を体験できる環境も造りました。これによって、ロイヤルブルーティージャパンが目指す世界観を打ち出せます。
今後は同じような形を世界各都市で展開していきたいと考えています。お客様が「茶宴」を楽しめ、レストランのシェフは自分で商品を選べて、そこから配送もできる倉庫機能を備えたブティックをつくっていくイメージです。このビジネスモデルであれば、海外展開に当たって、販売代理店と組む、現地法人を作る、現地企業とジョイントベンチャーを立ち上げるなど、選択肢が広がります。
尾畑:“未知なる飲み物”であるお茶やお酒を「学ぶ」とともに手に入れる場があるとファンも市場も育つと思います。実際、アメリカのニューヨークやサンフランシスコにある日本酒専門店は、お酒に興味を持つ外国人が集まっています。お茶の人気も広がっているところですから、これからが楽しみですね。
吉本社長が持っているのは、尾畑専務による『学校蔵の特別授業 ~佐渡から考える島国ニッポンの未来』(日経BP社)。2010年に廃校となった“日本で一番夕日がきれいな小学校"と謳われた西三川小学校が、酒造りの場、酒造りを学ぶ場、交流の場、そして環境の場として活用する「学校蔵」として2014年によみがえらせた尾畑専務は、その活動の一環として自らが学級委員長を務める「学校蔵の特別授業」と題したワークショップを開催。そこで講義した藻谷浩介・日本総合研究所主席研究員、酒井穣・BOLBOP代表取締役CEO、玄田有史・東京大学社会科学研究所教授を迎え、「地方」をキーワードに、これからの社会の激変と私たちはどう向き合って生きていけばいいのかをまとめています。
尾畑専務が持っているのは、吉本社長による『わが社のお茶が1本30万円でも売れる理由 ~ロイヤルブルーティー 成功の秘密』(祥伝社)。2011年3月11日の東日本大震災で一時的に売り上げが前年比で半減するというピンチを乗り越え、斜陽産業と思われていた日本茶市場で業績を伸ばし続けているロイヤルブルーティージャパン。最初の顧客をクリスタルグラスのラグジュアリ-ブランド「バカラ」に決めた理由、お茶と料理のペアリングの楽しさを伝えていく「茶宴」を開催する狙い、最初から世界基準の品質管理を実現する製造工場を作ったワケなど、これまでに取り組んできたブランドマーケティング戦略を公開しています。小さな会社が勝つヒントが詰まっています。
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