2020年の東京五輪・パラリンピックを控え、東京都渋谷区が空前の再開発ラッシュに沸いている。2017年、18年には相次ぎ大型複合ビルが開業し、その後も20年までに4つのプロジェクトが進行している。中心となって仕掛けるのは渋谷をお膝元とする東京急行電鉄だが、大型施設に加えて同社がもう一つ重視するキーワードが「リノベーション」だ。
リノベーションとは、中古のマンションや戸建て住宅の設備や内装を刷新し、新しい機能やデザイン性を持たせた建物として改修すること。住宅だけでなくオフィスビルなども対象となり、マンションの一室から建物全体に至るまで幅広い改修が可能だ。中古の物件に付加価値を持たせる手法として注目されている。
東急電鉄は2016年春にこの分野のベンチャー企業として成長しているリノべる(東京都渋谷区)と資本業務提携し、リノベーション事業を共同で展開していくと発表した。足元では様々な案件が動き出しており、東急電鉄はリノべるのノウハウを活用することで、渋谷を中心として街づくりの新しい展開を目指している。
今回、東急電鉄で都市開発事業を統括する渡邊功・専務執行役員と、リノべるの山下智弘社長が対談。渋谷に対する思いや渋谷の将来像、提携の戦略について語ってもらった。東京五輪を控え、渋谷の街はどのように「進化」していくのか。
渋谷の未来について語り合った東京急行電鉄の渡邊功・専務執行役員(右)と、リノべるの山下智弘社長(撮影は的野弘路)
渋谷という街の開発に長らく携わってきた東急電鉄と、現在渋谷にオフィスを構えているリノベる。街づくりという観点から、お二人は渋谷という街にどのようなことを感じておられますか。
渡邊:東急電鉄にとっては、渋谷は創業の時から非常に大事な場所なんです。私は昭和31年(1956年)の生まれですが、ちょうど同じ年に「東急文化会館」ができました。今はそれが「渋谷ヒカリエ」になっているんですね。当時の東急文化会館には日本で最先端のプラネタリウムがあったのですが、そうした、世の中に新しいものを提供する、最先端の文化を発信するという思想があって、それが今のヒカリエにも引き継がれているのだと思います。
ヒカリエでも特徴的なのは、「d47 MUSEUM」というミュージアムがあります。これは全都道府県と同じ47の展示台を常設し、建築や工芸、食など様々なテーマの企画展を開催しています。ここは以前、タイ政府の首脳も視察に来られました。タイは首都バンコクへの一極集中が日本以上に進んでいて、地方創生が国の大きな課題らしいんですね。地方を活性化するという観点で大きな関心を持っていただけたようです。
世の中に新しいものをという思想を基に、今まさに渋谷ではビックプロジェクトが目白押しですね。今年は春に共同住宅やシェアオフィスなどを備えた「SHIBUYA CAST.」(渋谷キャスト)がオープンしますし、来年秋には南街区でオフィスやホテル、商業施設を持つ大型物件が控えています。東京五輪前には駅街区に230メートルの物件が建つことになる。
渋谷は大型複合ビルの開発プロジェクトが目白押し(東京急行電鉄(株)提供)
施設が整っていく中で、どういうコンテンツや機能が花開いていくかが非常に重要ですね。街のバリューを高めていき、同時に街の価値を世界に向けて発見していく。そうした流れをどんどん作っていきたいですね。
酔っ払っても迷わない街
山下さんも、オフィスを構える身として独自の視点をお持ちだと思いますが。
山下:私はもともと大阪で生まれ育ったのですが、向こうで起業して東京に出てきたのが8年ほど前。東京で初めて住んだのが渋谷区の桜丘町なんです。築50年のマンションを買って、そこをリノベーションして住んでいました。周りには豪邸が建ち並んでいて、住んでいる方々もすごかったですが、僕が買ったのは古い物件だったので、手が出る値段ではあったんですね。中心部に歩いて行ける距離感も含めて、とても印象的でした。
渋谷って色々な多様性というか、見る人によって表情が変わる街だという印象です。ど真ん中のあたりは世界から注目される大型ビルが立ち並ぶ一方、少し足を伸ばすとストリート文化が息づいている場所がたくさんある。ビジネスマンや若者ら、歩いている人々のファッションもバラバラですよね。渋谷のスクランブル交差点の雰囲気というのが、まさに渋谷を象徴していると思うんです。
渡邊:山下社長が言われたように、渋谷の路地やストリートの味わいはとても大事なんですね。建物をただ作るだけではなくて、街が色々な顔を持っていて、人々が回遊する中でどのようなストーリーを紡ぎ出していけるか。単一な雰囲気ではなくて、立体的な膨らみがあるというか、それは東京を代表できるぐらいのユニークさだと考えています。
もう一つ面白いのは、これだけ発展しているエリアで坂が多いのも珍しいんですよ。しかも駅周辺に向かって谷底に四方八方から下っていく構造になっています。だから、どれだけ酔っ払っていても、坂を下っていけば駅に着けるから、道に迷うことがない(笑)。夜に若い女性が一人で歩くことができる治安の良さも含めて、こんな街が世界のどこにありますか?と言いたいですよね。
山下:現在当社も東急さんのビルに入居していますが、本当に毎日のように街が変わっていく。ビルがぐんぐん伸びて、歩道橋が積み上げられて、それが24時間動き続けています。それを見ているのは本当に面白いですし、街づくりのダイナミックさを感じますよね。
渡邊:色々とご不便をおかけすることも多いので、申し訳ないのですが(笑)。東急の沿線って、だいたい450万人ぐらいの方々が住んでおられますが、鉄道を公共的な交通インフラとして担う一方で、都市の開発事業をどのように手がけるか、どのように持続性を持たせるかを考えることは我々の宿命です。開発して売って終わりという話ではないんですよね。時には30年ぐらいかけて再開発する、息の長い事業です。
東急の渡邊専務は「街の価値を高めることが最重要の経営テーマ」と強調(撮影は的野弘路)
渋谷で特に目立つのが、元気のいいベンチャー企業が生まれて、育っていくことが多いということですよね。例えばサイバーエージェントは今も本社が渋谷で代表的な企業ですが、巣立っていったところも含め、多くの有力企業が出てきています。
渡邊:2000年より少し前に「渋谷ビットバレー」として騒がれましたが、渋谷にはベンチャーが生まれやすい風土があると思います。そしてそれは今も脈々とつながっていると感じますね。スタートアップ企業って、ピカピカのビルからじゃなくて、ちょっと中心から離れたところで、家賃も安いそれこそアパートとかから生まれて成長していくものだと思うんです。
山下:ベンチャーって、なかなか賃料が高いところには入れないじゃないですか。だけど利便性という意味では渋谷の周辺エリアで生まれて、出世してだんだん中心地に近づいていく。例えばヒカリエに入っている大手ゲーム会社などもそうですよね。私たちベンチャーの界隈では「出世ビル」という呼び方があって、あそこのビルには以前A社やB社が入っていて、ここは出世できるというジンクスのようなものがあるんです(笑)。みんな出世するとどんどんビルを移っていくのですが、渋谷がそれを形作っているというのはすごい文化だと思います。
渡邊:何か、光り輝くパワースポットというか、運やツキに恵まれたエリアなのかなとは思いますよね。
築古ビルに新しい生命を
東急電鉄とリノべるは昨春に資本業務提携し、中古マンションなどのリノベーション事業で協業を進めています。どのようなきっかけや狙いで手を組むことになったのでしょうか。
渡邊:きっかけは「東急アクセラレートプログラム」という企画です。これは渋谷にあるスタートアップ企業の方々に、社会実験というか、新しいビジネスを生み出すにあたって東急グループの資産をどんどん使ってくださいという考え方に基づくもので、コンペを実施しています。幸い多くの企業に応募いただいているのですが、その中でリノベるさんのモデルが特に光っていたということで提携に至りました。
実は東急自体もリノベーション住宅事業は結構前から手がけていました。環境対応も含めて、コンセプトは非常に良かったのですが、いかんせん我々にはビジネスに乗せられるだけの分量を手配できる情報ネットワークや足腰がなかったんですね。そうした反省に立った時に、リノべるさんの事業の軸がすごくしっかりしていて、ウィンウィンの関係が築けるのではないかな、と考えたことが大きかったですね。
リノベるの山下社長は「リノベーションで新陳代謝の仕掛け作りを進めたい」と語る(撮影は的野弘路)
山下:私が大阪から東京に出てきたときに、自分たちのような会社は絶対に大資本で、大きなアセットを持っている企業と一緒に仕事をすべきだと考えていました。特に、高度経済成長期に線路を伸ばして街を作っていった鉄道会社は、人口が減っていく時代に入ったときに新しい変化を目指すはずだ、そこに我々が提供できる価値があるとの思いが強かったんですね。
一口に鉄道会社といっても、線路の長さが長い会社は多くあると思います。ただ、東急さんは先ほどの渡邊専務のお話のように、街の価値を高めることに重きを置かれています。それはリノベーションを手がける私たちにとっても共有する重要な部分ですので、そこでチャンスがあるだろういう気持ちはありましたね。
渡邊:繰り返しになりますが、我々はやはり、街の価値をどう高めるかというのが経営のメーンテーマなんですよね。電鉄会社だから、まあ鉄道会社であることは間違いないのですが、沿線に住んでいる方々、来訪する方々にとって、いい街であること、住んでよかった、来てよかったと思っていただける都市開発ですね。街のバリューを高めていくことが絶え間ない営みとして欠かせないという信念がありますね。
具体的には、今後どのような取り組みを進めていくのでしょうか。
渡邊:これから案件は色々と出てきますが、例えばある築古のビル物件をリノベーションして、1つはホステル、1つは東京と地方の交流の場、それを合わせた空間を提供できるようなプロジェクトを進めています。ホステルには実は可能性があって、海外から来られる方々のニーズも大きい。山下社長をはじめリノべるさんには様々なアイデアを出していただいて、築古のビルに新しい生命を吹き込みたいと考えています。
山下:東急さんが持っている古いビルをリノベーションし、新しい世代を呼び込むための「スイッチ」のようなものを探し出すこと、そして呼び込んだ後にその建物が魅力的であり続けるためのオペレショーンを回していくこと。こうしたことは我々が得意なところだと思っています。
リノベーションの特長として、時間軸の短さというのがあると思うんですね。新築であれば3年、4年計画を練って建築するわけですが、環境の変化がよりスピーディーになっている現代では、計画している間に状況が変化してしまうリスクがある。一方、リノベーションでは1年あればビルを丸ごと新しくして、新しい価値を付加できる。その時代に合わせて柔軟にスピーディーに対応できるのはリノベーションの強みだと考えています。
私がぜひ東急さんと一緒にやりたいなと思うのは、高齢化に対応した街づくりですね。これまで形作られてきた街には多く高齢化が進んでいるエリアもあるでしょう。例えば昔建てられたアパートにはエレベーターがなく、高齢者の方々には住みにくい状況が生まれているケースもある。他方、若い方々にとっては安くていい物件であれば、それほど苦にはならないですよね。リノベーションによって、そのアパートに新しい価値を吹き込んで、若い人に入ってもらう。そうした新陳代謝を繰り返せるような仕掛け作りを進めていきたいと考えています。
リノベーションは住居だけでなくオフィスなどにも活用が広がっている(リノベる提供)
渡邊:これは当社の街づくりの考え方と全く同じですね。多摩田園都市など東急沿線でも、過去にご夫婦で一戸建てを買われた後、お子さんが独立して今は高齢のご夫婦で住まれている、またはお一人になっているケースも多々あります。当社としても住宅メニューで介護系の施設も造っていますが、マンションにしても一戸建てにしても、住み替え需要への対応だけでなく、元の物件をどうしていくかも大きな課題なんですね。長期的に見ると、山下社長が言われたような新陳代謝が起きない街は持続性がないですよね。
山下:若い人を呼び込むという点では、我々にはIoT(モノのインターネット)に関するデバイスを活用できるノウハウもあります。建物は築40年だけど、中に入ると最新のデバイスが組み込まれていて快適に暮らしていける。そうした「アップデート」できる家というのは、若い人にはとても魅力的に映ると思いますね。「餅は餅屋」ですから、お互いの知見や意見をぶつけ合うことで面白いものが生まれていくのではないでしょうか。
渋谷を世界の見本に
2020年には東京五輪を迎え、渋谷の街もさらに大きく変わっていくと思います。五輪後も含めて、お二人はどのように未来の渋谷を考えておられますか。
渡邊:五輪はあくまで通過点で、その後にどれぐらい持続的に国際都市東京を打ち出していけるかが重要だと考えています。インバウンド(訪日外国人)が2000万人から3000万人、4000万人と増えていったときに、よりボーダレスというか、日本の人口が減少する中でも国として魅力を保ち続けるには、街づくりはその根幹になると思います。
今のヒカリエもそうですが、こうした大きなプロジェクトは地権者さんとの共同事業でもあります。地元の方々のご理解があり、プロジェクトに賛同いただいて事業を持続させていくということですね。また、行政側との連携、いわゆる「公民連携」も不可欠ですよね。もちろん企業ですので短期で利益を上げなければならない部分もあるのですが、長い時間軸での街づくりの物語をうまく組みわせていくことがとても大切ですよね。
山下:渋谷が世界から注目される街だというお話があったと思いますが、そうした意味では五輪後に渋谷がどうなっていくかという点での注目度や責任は非常に大きいと思います。人種や年齢層、文化が様々に入り混じって、ダイバーシティーがどのように進化していくか。あまり整理整頓されすぎるのも面白みがないですが(笑)、色々なものが混ざりながらも安心して暮らしていける街というのは、世界的な見本の一つになるのかなという気がしています。渋谷住民としても、とても楽しみですよね。
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