見えない光を当てれば、手軽に殺菌できる時代が到来しつつある。日常生活のほか、貧困地帯などの衛生向上にも寄与しそうだ。世界を救う「未来の光」を、日本勢が技術力で引っ張っている。
生活の様々な場所で「殺菌」効果
目に見えない深紫外光を当てることで、菌を殺すことだできる。従来の水銀ランプよりも小型軽量で安全なので、家電から住宅設備、クルマ、携帯機器など様々な場所で活用が期待できる。(写真=アフロ)
生活とは、すなわちカビとの戦いである。エアコン、加湿器、空気清浄機、風呂場、台所──。少しでも油断をして掃除を怠ると、そこにカビが生える。たかがカビと侮れば、痛い目を見るのは確実だ。嫌な臭いに悩まされるだけではなく、エアコンの送風口や加湿器の中で繁殖したカビが部屋中にばらまかれれば、マイコプラズマ肺炎など疾患の原因にもなる。
人類は、宿敵であるカビとの戦いに勝利できるのか。その「次世代兵器」といえる先端技術が、いよいよ実用段階に入ろうとしている。
殺菌作用を持つ目に見えない光線を放つ「深紫外LED(発光ダイオード)」。深紫外線と呼ばれる、殺菌作用を持つ光線を放つデバイスだ。
深紫外線は紫外線の中でも、比較的波長が短いものを指す。LEDでは主に「UV-C」と呼ばれる100~280nm(ナノメートル、ナノは10億分の1)の光を発するものの開発が進んでいる。太陽光にも含まれるが、オゾン層で遮られるため基本的に地表には到達しない。
その威力は折り紙付きだ。生命の根幹であるDNAに直接働きかけ、菌の増殖を根本的に封じる。旭化成UVCプロジェクトの久世直洋プロジェクト長は「特に波長260nmの深紫外線がDNAに吸収されやすいことが分かっている。DNAの遺伝情報を消失させる効果を持つ」と説明する。遺伝情報が失われると、菌は増殖できなくなるという。
これまで深紫外線を発生するデバイスとしては、水銀ランプが知られてきた。実際、医療機器、工場や研究機関、食品分野など、主に業務用の殺菌や検査用途で利用されている。だが、水銀ランプは、これら以外の領域での普及は難しいという局面を迎えている。
まず、性能に限界があること。水銀ランプの動作電圧は100ボルト以上で、大きさは数cmから数m。消費電力が大きく、十分に発光するまでのウオーミングアップだけで10~30分の時間を要する。さらに寿命は3000~5000時間程度と短い。このサイズや消費電力、耐久性では、家電やクルマには使えない。
何より、水銀は人体に有毒だ。2013年には「水銀に関する水俣条約」が日本を含む92カ国で締結された。水銀ランプへの規制強化の流れは、世界中で進んでいる。
一方、深紫外LEDは手軽に機器に取り付けられて安全性も高い。動作電圧は5~7ボルト程度、大きさは数mm、ウオーミングアップ時間は0秒。寿命は1万時間以上で、衝撃耐久性も高く、水銀を使用しない。
水銀ランプが抱えていた様々な制約を無くす深紫外LED。この新技術が普及すれば、生活のあらゆる場面で「殺菌の日常化」が可能になる。
エアコンや冷蔵庫、ウオーターサーバー、加湿器などの家電はもとより、携帯機器、住宅設備や自動車など様々な場所に取り付けられる。低電力で作動するため、例えば清潔な飲み水にも事欠くような、世界の貧困地域の劣悪な生活環境の改善にも役立つだろう。用途が一気に広がるのだ。深紫外LEDの関連市場規模は今後3~4年間で1000億円を突破すると業界関係者はみる。
現時点では弱点もある。水銀ランプより発光効率が悪く、量産技術も発展途上ということだ。だが、これらを補うべく技術開発が進んでいる。
成長市場の獲得を目指し、発光効率の向上や量産技術の確立による低コスト化を目指す技術開発競争が世界で過熱している。その先頭を走っているとされるのが、日機装、旭化成、トクヤマの日本の3社だ。
深紫外LEDは、半導体技術によって成り立つ製品。競争のポイントは、高性能な半導体を、いかに歩留まり高く量産できるかという点にある。
日本勢による競争が激化している
●各社の深紫外LEDの技術開発動向
ノーベル賞が源流に
2014年に青色LEDの開発でノーベル物理学賞を受賞した、赤崎勇氏と天野浩氏。工場用ポンプ大手の日機装は、2006年からこの2人の指導を受けて実用化研究を進めてきた。2015年3月に深紫外LEDの量産出荷に10年越しでこぎつけた。
半導体の世界的権威の知恵を借りてもなお、量産技術の確立にここまで時間がかかったのには理由がある。青色や赤色といった、既に普及フェーズにある各種LEDと深紫外LEDは、使用する材料が異なることだ。
一般的にLEDは、サファイアの基板上に何らかの発光材料を薄膜状に積み上げていくことで作製する。
青色LEDの場合、サファイア基板の上に積み上げるのは窒化インジウムガリウムの結晶層だ。いかにきれいに結晶層を作れるかが量産と性能の安定化において重要なポイントとなるが、窒化インジウムガリウムはサファイアの上では結晶化しにくいという問題を抱えていた。
そこで、サファイアの上にまず窒化ガリウムの「緩衝層」を設け、その上に窒化インジウムガリウムの層を積み上げる方法を編み出した。赤崎氏と天野氏のノーベル賞受賞は、この緩衝層の技術開発などによる。
日機装は深紫外LEDでも、サファイア基板の上に緩衝層を設ける量産技術の開発に取り組んだ。だが、深紫外LEDの発光材料は、青色LEDと異なり窒化アルミニウムガリウム。また、窒化ガリウムは紫外線を吸収する性質を持つため、緩衝層の素材を窒化アルミニウムに変更する必要があった。
「温度管理の工夫などで、信頼性の高い製品を量産できるようにした」(研究開発を担当する日機装技研の石黒永孝UV-LED事業部長)。日機装は来春から更に、50ミリワットという従来品の1.7倍の発光出力を達成した製品の量産を始める。今後、様々な機器に組み込みやすい形でLEDを提供していく計画で、第1弾として水を使う機器に取り付ける「水殺菌モジュール」を開発した。毎分2~10リットルの流水を一度モジュールに通せば、中に含まれる大腸菌などを99.9%殺菌できるという。
基板素材にも革新
製法において、独自の工夫を凝らしたのが旭化成だ。2011年に買収した米クリスタルアイエスの技術を活用し、基板を窒化アルミニウムとすることに成功した。「非常にきれいな単結晶の基板ができ、発光材料との相性もよい。薄膜状になった発光材料の、内部の欠陥を大幅に減らせる」と久世プロジェクト長は胸を張る。
深紫外LEDのミリワットあたりの価格は2~3ドルとされる。旭化成では基板の大口径化技術などで、来年には0.5~1ドル、将来的には0.25ドルにまで引き下げられるメドが立ったという。数千円で家電などに組み込める時代が迫る。
旭化成は医療から住宅、家電用部品まで幅広い事業分野を持つ強みを生かし、深紫外LEDを普及させる戦略。2020年に100億円の売上高を目指す。
ただし、窒化アルミニウム基板には課題も残る。「光取り出し効率が悪い」ことだ。窒化アルミニウムは屈折率が高く、LED内部で発生した光の大部分を平らな基板の表面で反射してLED内に閉じ込めてしまう。
この問題を解決しようと取り組むのが、情報通信研究機構とトクヤマだ。世界最高出力となる90ミリワット超の発光出力を持つ深紫外LEDを開発した。まず上の写真のように、「フォトニック結晶構造」と呼ぶ数百nm単位の凹凸を基板表面に作る。そこに数十nm単位の微細な凹凸をさらに施す「ハイブリッド構造」とすることで、光取り出し効率を従来の約2倍に高めたという。
光取り出し効率を約2倍に高められる
●情報通信研究機構とトクヤマが開発した表面加工法
(写真=2点:情報通信研究機構提供)
情報通信研究機構の井上振一郎・深紫外光ICTデバイス先端開発センター長は「(ハンコのように表面をプレスする)ナノインプリント法でハイブリッド構造を安価に製造できる技術も開発中」という。トクヤマは、今回の技術を組み込んだ深紫外LEDを来年度中にも製品化する予定だ。
深紫外LEDの開発競争でリードする日本。勝利の方程式にどう結び付けるかが問われている。
(日経ビジネス2015年11月9日号より転載)
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