短時間睡眠を礼賛する人たち

 ビジネス界には短時間睡眠を自慢する人が少なからずいるが、それは「私は酔っぱらったまま意思決定している」と吹聴しているのに等しい。睡眠不足になると、判断力、反応時間、状況把握能力、記憶力、コミュニケーション能力が大幅に低下する。6時間未満の睡眠を2週間続けるだけで、私たちの能力は24時間眠っていないのと同じくらい低下することを示唆した研究もある(SLEEP 26 (2003): 117-26)。つまり、慢性的な睡眠不足の状態では正しい意思決定は期待できず、当然、称賛や報酬の対象にはならない。むしろ、逆であり、その意思決定には赤信号が灯っている。

 睡眠不足が蔓延しているのは、ここニューヨークだけではない。トロント、パリ、東京、ソウル、マドリッド、ニューデリー、ベルリン、ケープタウン、ロンドンでも状況は同じだ。睡眠不足は新たな世界共通語になっている。

 成功のために睡眠を犠牲にしている悲劇的な例の一つが、私生活を犠牲にしてまで会社に尽くそうとする日本の「サラリーマン」だろう。サラリーマンは、自分の仕事が終わっても上司が帰るまでは帰らない。こうした慣習は、グローバリゼーションや、労働者のストレス増大、自分の生活を第一に考える若者の増加などによって薄らいでいるようだが、睡眠を軽視するサラリーマン文化は根強く残っている。

 そういう私自身も、かつては睡眠の重要性を軽視していた。成功するためには睡眠を犠牲にしなければならない、睡眠は無駄時間であり、できることなら眠らずにその時間をほかの活動に充てたいと本気で思っていた。

過労で意識を失い、顔を骨折

 実際、睡眠時間を削って仕事にのめり込んだ。ハフィントン・ポストという私の名前を冠した新事業を起こしたばかりで必死だった。毎日100通余りのメールに返信し、読みごたえのあるブログ記事も書かなければならない。本の執筆や講演もある。昼間は、子育てもしながら母としての責務を完璧にこなそうとした。本来は眠るべき時間に、1日分の仕事を何とか押し込もうとし、午前3時頃、目を開けていられなくなると3~4時間眠る。そんな日々の連続だった。

 そして2007年4月のある晩、睡眠不足と過労とバーンアウト(燃え尽き)で意識を失った。気がついたときは、血の海の中にいた。デスクに思い切り顔面を打ちつけ、頬骨を骨折していたのだ。

 当初は、どうして倒れたのか理解できなかった。その理由が知りたくて、さまざまな医師を訪ね、話を聞いていくうちに、それまでの自分の生活や考え方が根本的に間違っていることに気づいた。

 それからというもの、睡眠に関する文献を読み、研究者に会って話を聞き、広範な知識を身に付けた。睡眠は非常に大事な営みで、生活の中での最優先事項の一つであることを身をもって知った私は、1日7~8時間眠るようになってから、瞑想や運動が楽にできるようになり、判断力が高まった。また、自分自身とも他者とも、より深くつながれるようになった。

 本当に豊かになりたいのなら、まず十分な睡眠をとることから始めなくてはならない。睡眠は、健康で幸福な生命が通過しなければならない門だ。