二律背反する課題に同時並行で取り組めるか

 この悪循環を断つにはコスト削減のプレッシャーに応ずるほかはない。冷徹な市場メガニズムによってコスト削減が強く押し出されたわけである。ここに紹介した金融庁による金融改革とグローバル資本市場のメカニズムという二つの原理は2018年に、2017年よりも強く働く。

 邦銀はいよいよ、コスト削減と顧客サービスの質的向上という、伝統的な発想からすると二律背反する課題に同時並行で取り組まざるを得なくなる。

 そのカギを握るのがIT(情報技術)を駆使したフィンテック(FinTech)だと目されている。実際、「AI(人工知能)が多くの行員を代替する」と強調する銀行トップもいる。確かにIT やAI はコスト削減のための必要条件と言える。だが、間違ってはいけない。これは十分条件ではない。

 金融庁関係者によると2017年夏、経済学者ロバート・マートン氏を招き、庁内で講演してもらった際、マートン氏は次のような趣旨を述べた。「金融にせよ、医療にせよ、顧客は技術の良し悪しが分からず、結局、感じの良さ、親切さなどでサービスを選択する」。

 マートン氏は金融工学における功績でノーベル賞を受賞し、かのロングタームキャピタルマネジメント(LTCM)の設立に関わった。ヘッジファンドのLTCMはアジア通貨危機で痛手を被り、経営破綻した。金融工学だけでは足りなかったように、IT やAI だけで銀行は経営できない。すなわち、営業フロントラインの質的強化が欠かせない。

 2020年に開催予定の東京五輪・パラリンピックでは新種目が登場する。それに先立ち、2018年のわが国では金融界でコスト削減と顧客サービスの向上という新たな障害物レースが始まる。まさに経営力の勝負である

(本記事は『2018世界はこうなる The World in 2018 (日経BPムック)』に掲載された『国内外から圧力が強まる、AIだけでは生き残れない』を転載したものです)

浪川 攻(なみかわおさむ)氏

1955年生まれ。電機メーカーを経て、記者に転じ、複数の金融専門誌や総合誌で活躍。主にマクロ経済や金融分野で執筆活動を続ける。『金融自壊』『前川春雄 「奴雁」の哲学』(東洋経済新報社)など著書多数。

英The Economistの別冊「The World in 2018」日本版の独占翻訳権を日経BP社が獲得、「2018 世界はこうなる」として発行。40カ国で毎年発行される「The World in」は信頼性のある世界予測として高い評価を得ている。朝鮮半島や中国などアジア情勢、テクノロジーがビジネスやファイナンスに与える影響、といった記事を収録。