国立大学が出資・設立したベンチャーキャピタル(VC)による投資活動が、2016年は本格化しそうだ。国立大学傘下のVCには、既に大阪大学傘下の大阪大学ベンチャーキャピタル(大阪府吹田市)、京都大学傘下の京都大学イノベーションキャピタル(京都市)、そして東北大学傘下の東北大学ベンチャーパートナーズ(THVP、仙台市)の3社がある。これに加えて東京大学も近々、設立する見通し。日本を代表する4つの国立大学がVCを通じて、それぞれの大学の研究成果を基にした大学発ベンチャー企業の設立を目指し、投資活動を活発化していくという構図だ。
例えば、THVPは100億円近い出資約束金額を2015年内に確保。これを元手に、東北大の研究成果を事業化するベンチャー企業などに、これから約7年間にわたって投資・育成を行い、日本でのイノベーション創出を活発化させることを目指すという。
安倍政権がVCの活性化を後押し
国立大がVCを設立するのは、政府の意向によるもの。安倍晋三内閣は、2014年6月14日に閣議決定した日本再興戦略の中に“大学改革”の項目を入れ、「今後10年間で、20件以上の『大学発新産業創出』を目指す」とした。この中には、その達成手法として「国立大学による大学発ベンチャー支援ファンド等への出資を可能とする」と書かれている。
その前段階として政府は、2012年度の補正予算で、政府は東北大などの4大学に合計1000億円を出資する動きをとった。東北大に125億円、大阪大に166億円、京都大に292億円、東京大に417億円がそれぞれ出資された。
最も動きが早かったのが大阪大と京都大。2014年12月22日、大阪大学ベンチャーキャピタルと京都大学イノベーションキャピタルがそれぞれ設立された。続いて2015年2月23日に東北大もTHVPを設立。そして東京大も東京大学協創プラットフォーム開発(東京都文京区)を近々、設立する予定だ。2016年1月14日に、監督官庁である文部科学省と経済産業省が東京大に対して、「同社を設立するための東京大の出資を認可」済みだ。
2015年6月30日には、安倍内閣が閣議決定した「日本再興戦略 改訂2015」の中で、「ベンチャー創造の好循環の確立」がうたわれ、「我が国の強みを活かした研究開発型ベンチャーの育成とエコシステム構築を図ること」が表明されている。
ここでいう“研究開発型ベンチャー”には、2001年に経産省が発表した「大学発ベンチャー1000社計画」が反映されている。2002年度から2004年度までの3年間に大学発ベンチャーを1000社設立すると表明した計画だ。この結果、同計画によって「2004度末には1099社と目標を達成し、2005年度末には1503社に達した」と、経産省は発表している。しかし、設立数そのものは計画通りに達成したものの、設立後に実際に事業が黒字化し、安定して成長し続けている大学発ベンチャーはあまり多くないもようだ。
大学発ベンチャーが成長しない原因は、日本のベンチャーキャピタルの資金供給不足とベンチャー企業を育成する担当人材・手腕の不足と考えられた。そのため、安倍内閣は2013年1月11日に閣議決定した「日本経済再生に向けた緊急経済対策」の中で、通称“官民イノベーションプログラム”をうたい、国立大学によるベンチャーキャピタル設立への制度改正を進め始めた。
そして、先述の「日本再興戦略」の中で、大学発ベンチャー支援を担うベンチャーキャピタルを国立大学が設立する法案を国会に提出する見通しを明らかにした。こうした動きの下に、4国立大によるベンチャーキャピタル設立が実際に進行し、その当該大学系の研究成果を基にした大学発ベンチャー企業への投資活動が始まった。
投資先は15~20社が妥当
東北大が100%出資したTHVPは、2015年8月31日に「出資約束金額92億8000万円でTHVP-1号ファンドを設けた」と発表した。東北大と金融機関7社が設立したもので、その後も追加の出資約束金額を求め、9月30日時点で出資約束金額は96億8000万円に達した。その後は増えず、12月末で予定通りに当該投資ファンドの追加分を閉じた。この投資ファンドに出資を約束した金融機関の中では、七十七銀行(仙台市)が9月初め時点で「7億円を出資した」と表明している。同様に東邦銀行(福島市)も「出資した」と表明している。
同投資ファンドを設立した8月31日時点で、THVPは「投資ファンドの規模は100億円以内に留める」と表明している。そして、ほぼこれに近い金額規模で、同投資ファンドを計画通りにつくったことになる。この100億円以内にするとの目論見は「ベンチャー企業1社当たりに3億円から5億円ほど投資し、合計で15社から20社に投資するという試算に基づく設計」と、同社の樋口哲郎取締役・管理部長は説明する。投資したベンチャー企業への追加投資分を含めると、約100億円に到達する。
THVPは「東北大から産まれた研究成果を基に事業化するベンチャー企業を育成するために、投資先企業の経営陣の最適化や開発・事業化の体制づくりなどという創業時点の課題から、事業化する製品やサービスのユーザーをどう確保するかという成長期までの“ハンズオン”支援を実施する」という。これは、投資したベンチャー企業が事業化に成功する確率を高め、そのベンチャー企業がIPO(新株上場)したり、既存企業にM&A(合併・買収)してもらったりするなどの“出口戦略”まで手厚く支援するという、VCの基本姿勢である。
「取締役や従業員などが5、6人規模(途中で増える可能性がある)という陣容で、投資したベンチャー企業などの役員や主要従業員を兼務するなどのやり方できめ細かく支援するには、7年間から10年間の期間で、投資先企業を15社から20社にするのが妥当な数字と考えられる」という。この結果、THVPと東北大は協議して第1号ファンドはほぼ100億円で設計されたと推定できる。
THVP-1号ファンドは、2015年6月29日に、文科省大臣と経産省大臣から「特定研究成果活用支援事業計画」の認可を受けて、具体的な投資ファンドづくり作業を進めた。この認可時点では、同投資ファンドに対して、東北大が70億円、他の民間の金融機関など数社が10億円以上出資するとの概要計画を、文科省と経産省などに説明している。そして、THVP-1号ファンドの投資先は「東北大の研究成果を活用する未上場企業(ベンチャー企業や既存企業)や共同研究の相手企業とのジョイント・ベンチャー企業になる」と、樋口取締役は説明する。
THVP-1号ファンドはベンチャー企業などへの投資を2020年8月まで実施する予定だ。その後は投資したベンチャー企業への追加投資などを2025年8月30日までの10年間にわたって実施する予定だ(最大5年間の延長が可能)。途中で第2号ファンドを組んで、投資資金をさらに確保し、VCとしての企業活動を続ける模様だ。
東北大の100%出資子会社として活動
THVPは2015年2月23日に、出資金6000万円(資本金3000万円、資本準備金3000万円)で設立された。出資金6000万円は東北大学がすべて出資した。2014年4月1日に施行された産業競争力強化法に基づく特定研究成果活用支援事業の実施者として、文科省と経産省が同社の設立を認定したのを受けたもので、各段階で文科省と経産省の認可を受けて前進する仕組みだ。これは、同社が東北大の10%出資子会社の「認定特定研究成果活用支援事業者」として活動するという仕組みのためである。
THVPの代表取締役には、八浪哲二氏が就任し、2月23日の設立当初は社外取締役3人、社外監査役2人でスタートした。その後、取締役を1人増やすなど、適宜、役員と従業員の最適化を続けていく。
THVPに対する東北大学側の担当者は産学連携担当理事の進藤秀夫氏だ。先述のように、東北大は政府から125億円(特別運営公費金として25億円)の出資を受けたが、この出資を基に、東北大としてTHVPの基本設計を担当した中心人物が進藤理事である。
進藤理事は「東北大では、東北大学ビジネスインキュベーションプログラム(BIP)と名付けた東北大学事業化推進事業型共同研究という、将来のベンチャー企業創出のための“パイプライン”づくりを始めている」と、東北大でのベンチャー企業創出の土台づくりを始めている実態を説明した。
投資案件第1号は新材料事業化企業
THVPは「2015年11月20日にTHVP-1号ファンドの投資案件第一号として、東北マグネット インスティチュート(仙台市)に投資した」と発表した。今回、投資対象となった東北マグネット インスティチュートは、東北大の金属材料研究所に所属する牧野彰宏教授の研究成果である軟磁性合金(FeSiPBCu、鉄・ケイ素・ホウ素・ボロン・銅)の「ナノメット」(商品名)を実用化・事業化する目的で設立された東北大発ベンチャー企業だ。同社は「ナノメット」の材料開発、量産化、販売までを一気通貫で事業化する。
東北マグネット インスティチュートは2015年11月5日に、THVPとアルプス電気、NECトーキン、JFEスチール、パナソニック、村田製作所の5社が出資して設立された。設立時の出資金は6億円で、同社の社長には、アルプス電気出身の阿部宗光氏が就任し、牧野教授は会長に就任した。また、THVPからは、樋口取締役が監査役に就任した。
牧野教授の研究成果は、文科省の「東北発 素材技術先導プロジェクト」によって研究開発が進み、2015年8月1日からは今回出資したアルプス電気など5社と共同研究部門を東北大学ビジネスインキュベーションプログラムの一環として設立し、実用化を図っていた。
今回、THVPがTHVP-1号ファンドの投資案件第一号に選んだ背景には、「『ナノメット』はその事業計画において、東北マグネット インスティチュート創業に参画し出資した企業に2020年度までは優先販売すると発表している。設立時に『ナノメット』のユーザー企業が参画していて、新材料の事業化で最大の課題となる販路の問題を解決している点を高く評価した」という。出資した企業以外への販売は2020年度以降になる見通しだ。
すでに「ナノメット」は、2014年末に東北大学とパナソニックが共同で開発した家庭用機器モーターの試作品に適用された実績を持つ。この際に、消費電力削減による高効率化に寄与したことを確認した。
THVPはTHVP-1号ファンドの投資案件第2号の投資を2015年度末の3月までに実施する見通しだ。「THVP-1号ファンドの投資先としては、東北大の研究成果を活用し、特許などの知的財産を確保していること、実用化できる見通しのプロトタイプができていること、10年以内をメドに当該ベンチャー企業の株式を売却できる見通しがあることなどが必要条件」と、THVPの樋口取締役は説明する。
丸山 正明(まるやま・まさあき)
技術ジャーナリスト。元・日経BP産学連携事務局プロデューサー
東京工業大学大学院非常勤講師を経て、現在、横浜市立大学非常勤講師、経済産業省や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、産業技術総合研究所の事業評価委員など。
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