人間の幸せとは何か、それが問題に

 裕福な社会を築くことで、伝染病や暴力の恐怖を脱し、長寿を手に入れたものの、認知症という脳神経の課題に行き着いた。脳という器官は自分そのものであるだけに悩みは深い。

 一方で創意工夫を凝らして生産性を高め続けた結果、市民権を持つ者は配当で暮らしを営めるようになるという。民は古代ギリシアのように哲学などを嗜むようになるのだろうか。

 創意工夫の極みともいえるAIは刻一刻と人間との境界線へ迫りつつある。これらすべての話題は「人の幸せとは何か」という原点問題へと軌を一にしている。

腸内細菌が幸福感を司る?

 成熟化が進む社会の要請に応じる形で、脳と幸福感の関係についても多角的なアプローチが進む。マインドフルネスはヨガの呼吸法や瞑想法に近代科学側から解説を加えたものだ。

 古くからある発酵食品類の活躍する腸内細菌の世界にも光が当たっている。人体を構成する細胞の数より多い100兆個もある腸内細菌類から、幸福感を司るホルモン(セロトニン)が生産されるという。長く共生する微生物が人体の生理だけでなく心理面の役割も担っていることは想像に難くない。腸は第二の脳と言われる所以だ。

 エレクトロニクスは脳に肉薄している。BMI(Brain-machine Interface)と呼ばれる脳と機械のインターフェース技術の進歩によって、脳の活動状態が可視化され、「心地」や「意欲」などを推測できるようになりつつある。ニューロマーケティングと呼ばれる分野だ。

技術の歴史は人工物が人に肉薄する歴史

 第4次産業革命と騒がれるが技術進歩の経緯を紐解くと、人工物が人間へ接近するための苦難の歴史とも言えることが分かる。

 蒸気機関は紡織工場や軍艦を駆動し、第2次産業革命ではエレベーターと水道ポンプの実用化がビルの立ち並ぶ都市の発達を可能にした。更に進んで、家電品は家事労働を担い、情報通信機器は知的活動をアシストする。

 技術が洗練されるほどに小型化が進み、デスクトップからモバイル、ウェアラブル型へと進化する。人工物の立場から見ると、それは人間の身体と精神へ肉薄するための長い道のりだったと言える。

 そしてその最終ステップこそが脳への肉薄なのだ。究極形のAIである「全脳アーキテクチャ」は脳神経細胞構造をすべて解き明かし、そのまま電子回路で再構築しようというものだ。

 BMIも心身を司る生体信号との結節を求めて着実に肉薄度を高めている。「幸福」や「人生観」というテーマは長らく哲学や文学など人文科学の守備範囲だったが、搦め手から生理学や情報工学が扉をこじ開けようとしている。