長く生きたからといって、その人の人生が幸せだったとは限らない……
長く生きたからといって、その人の人生が幸せだったとは限らない……

 幸福とは何か。この古くて新しい設問に対して、各分野の最新科学を理解した上で挑み直す必要性が増している。公共政策設計からビジネスモデル開発まで含めて、「幸福の再考」がもたらすインパクトは計りしれない。

富裕化と死因の関係を分析する

 これから本格化する少子高齢化社会、その実態が日々顕わになりつつある。豊かさを求めて一直線に歩んできたこれまでの軌跡について「富裕度と死因」という角度からグラフを作ってみた。

 横軸に各国の一人当たりGDPをとり、縦軸にはWHO(世界保健機関)が報告する死亡原因のうち特徴的なものを選び、近似線で表記した。

[画像のクリックで拡大表示]

 命を脅かす要因が公衆衛生や治安維持という過酷な状況を克服した暁に、トレードオフとして各種の難病が浮かび上がる。平均寿命が延びるに連れて、脅威となる病原はがんなどに絞り込まれ、最後に残る難題は脳神経疾患つまり心の問題という構造が見てとれる。

 日本の認知症患者数は500万人を突破し、高齢者人口の16パーセントに至る。理想郷を求めて邁進した戦後70年、残った難題はQOL(Quality of life)やウェルビーイングであり、いずれも心の問題と言える。

生産性向上の行き着く果て

 一方、産業界は一心不乱に生産向上活動に邁進してきた。日々の改善活動を積み上げ、誇るべき生産性を実現した製造業は我が国に繁栄をもたらしたが、これまでの生産性改善は言葉を変えると省人化活動だった。

 人工知能(AI)やロボットの進歩によって工程の無人化は更に進められ、行き着く先はベーシックインカムかもしれないとささやかれるようになった。一握りの創造的な人達が莫大な付加価値を生み出せるようになるので、大半の一般市民は再分配される配当金で生きていけるという理屈には説得力がある。

 産業の生産性を高めた結果もまた、余剰の時間で人は何をすべきなのかという哲学的命題へと行き着いている。

AIの進歩がもたらす、「人間に魂はあるか」という問い

 肉体労働を奪うロボットも怖いが、頭脳業務を担うAI の方は気味が悪い。AI やビッグデータを駆使したレコメンド機能に代表される仕組みはいずれも確率論に基づくアプローチになる。

 今のAI は、人の行動パターンの因果関係を統計的に分析し尽くしたところ「人間風な反応をするモノができてしまいました」という段階だ。いわば経験則の集大成であり、四柱推命や手相占いに近く、その裏に論理はない。

 論理型でAIを生み出そうとしてきた流れは大きな挫折を味わったわけだが、それだけではなく、「人間自体に魂のような主体があるのではなく、実は複雑に反応する装置に過ぎないのかもしれない」という我々自身の定義に関わる疑問を導き出してしまった。

次ページ 人間の幸せとは何か、それが問題に