仕事で訪れた街で腹をすかせて真剣にメシ屋を探す雑貨商(「孤独のグルメ」)や「ご常連」と言葉をかわしつつ杯を重ね夜の街に消えていくイラストレーター(「吉田類の酒場放浪記」)。オヤジがひとりで食事をしたり酒を飲んだりするだけのテレビ番組がこんなにウケる国も珍しかろう。ひとりメシ、ひとり酒は、「孤独のグルメ」風に言えば「現代人に平等に与えられた最高の癒し」としてすっかり社会に定着したように見える。
だが、実態は少し違う。筆者は、『ひとり外食術』(弊社刊)という書籍の出版に当って、都内で働く数多くの20代~50代男女にひとり外食事情を取材した。そこで何度も耳にしたのが「実はひとりで店に入るのが苦手なんです」という告白だった。
意外に少ない「ひとり飯OK」
若い女性だけではなく、40~50代の男性からも、「ランチはいつも職場の同僚と一緒」「ひとりで店に入って晩メシを食ったことがない」「出張のときはコンビニの弁当をビジネスホテルの部屋で食べている」といった言葉を聞いた。
ネットマーケティング支援のライフメディアの調査によると、ひとりで外食を「したことがない」男性と「ほとんどしない」男性を合わせると46%に上り、ひとりで外食が「できない」男性と「抵抗を感じる」男性を合わせると37%に上る。ひとりで飲食店に入ることに苦手意識を持つ男性は意外なほど多い。
いい大人がなぜひとりで飲食店に入れないのか。取材の中で多かった回答は「知らない店は値段が分からないので怖い」「常連が多そうで気後れする」「ひとりで何をしていいのか分からない」というものだった。それくらいのことなら、ハードルを越えるのは難しくない。自らの経験と取材で得た知識から、ひとり外食上手になる方法をお伝えしよう。
ひとり外食で最も大事なことは店選びだ。「ぐるなび」や「食べログ」などで下調べをするのもいいが、同行者に迷惑をかける心配のないひとりメシなのだから、自分の勘を頼りに入る店を決めたい。その積み重ねがひとりで寛げる店を嗅ぎ分ける力を磨く。
ひとり外食に向くのはどんな店か。当たり前だが、ひとり客が多い店である。団体客や宴会客で騒がしい店では、ゆっくりとした時間を過ごすのは難しい。ひとり静かに豊かな時間を過ごしたいなら、同類が集まっている店に如くはない。
では、ひとり客が多い店かどうかをどうやって判断するか。間口の広さが判断材料になる。ひとり客はカウンター席を好む。そして間口の狭い店は、細長い店舗スペースを有効利用するためにほぼ間違いなくカウンター主体の作りになっている。
最初からカウンター業態の飲食店に狙いを定めて入ってもいい。具体的には、寿司、天ぷら、焼鳥、モツ焼き、串揚げ(串カツ)、割烹、小料理、バーおよびダイニングバー、スペインバルやイタリアンバールといったジャンルの店である。熟練の料理人の仕事に見惚れながら、自分が本当に食べたいものだけを注文して出来立てを頬張る。ひとり外食の醍醐味である。
コの字型カウンターがお勧め
コの字型カウンターの居酒屋や小料理店は、ひとり客に最適な店といえる。コの字型カウンターは、その構造上どこに座っても他の客の顔が見える。慣れない人にとっては、常に誰かに見られている感じで落ち着かないかもしれないが、この見られている感じが客にほどよい抑制を促す。
客全員が店内空間を共有し、店の雰囲気を作っているという意識が生まれ、騒ぎすぎ、酔いすぎにブレーキをかけるのだ。また、顔が見えることで会話が生まれやすく、一見の客が常連客に溶け込むのを助けてくれる。コの字型カウンターの居酒屋を見つけたら、入ってみて損はない。
カウンタータイプの居酒屋や小料理店、バーでは、一番奥まった席は、毎日のようにやってくる常連客の“指定席”となっていることがあるので、少しばかり注意を。店員に「こちらへどうぞ」と促された席に座るのが無難だ。
カウンタータイプではない店でひとり客が落ち着けるのが、大衆食堂と蕎麦店だ。工場街やオフィス街、古くからある繁華街に「定食 鶴亀食堂」とか「大衆食堂 大吉屋」なんていう大きな看板を掲げた廉価な大衆食堂は、しっかり食うに良し、単品のおかずをつまみに酒を飲むにも良し。
筆者のおススメは飲み屋街にある古い大衆食堂だ。こうした店の主要客は周辺の飲食店で働く人たち。プロである飲食店関係者に長年愛されてきた大衆食堂は、ほぼ100%うまくて安い。飲んで騒ぐような客はほとんどおらず、静かにハードボイルドに飲み食いできる。夕方早めの時間の蕎麦店もひとり客が多く、中年から初老の紳士たちが、板わさや海苔、卵焼きなどの簡単なつまみで日本酒の杯を上品に傾けている。
「知らない店は値段が分からないので怖い」という問題は、店頭を観察すればだいたいの値段は予想できる。ディナーの客単価が2万円を超えるような店は、いかにも高級な店構えだし、予約なしで訪れる客もほとんどいないため、それと分かる。店頭にメニューが掲出されていれば、これも値段のアテがつく。問題はそうした分かりやすい材料がない場合だ。
まずは看板に注目しよう。看板に「懐石」「日本料理」の文字があれば、お値段の高い店と考えてよい。「割烹」は高級店からちょっと上品な居酒屋といった感じの店まで幅広い。「小料理」とあればせいぜい5000~6000円くらいまで。
洋食の場合はフランス料理店だと「レストラン」「ビストロ」「ブラッスリー」「カフェ」の順に、イタリアンだと「リストランテ」「トラットリア」「オステリア」「ピッツェリア」「バール」の順にカジュアルになる。ただし、客単価1万円を超える「ブラッスリー」や「オステリア」もたまにあるので、あくまで目安に。
大手チェーンは落ち着かない可能性大
一般的に言って、小さな看板よりも大きな看板を掲げている店ほど、客単価の低い大衆店が多い。内部にLEDなどの照明を使ったアクリル製の看板は高価であるため、大手飲食企業のチェーン店である可能性が高くなる。店頭に大量の食品サンプルや、カラー写真をふんだんに使った大判のメニューブックが置かれる店も同じ理由でチェーン店の可能性が高い。こうした店は、若者グループや家族客が多く、ひとりの飲み食いにはちょっと落ち着かない。
暖簾も値段の手がかりになる。手入れに手間がかかり高価な麻製の暖簾を使う店はお値段が高く、綿製や縄暖簾は大衆店が多い。中が覗けるなら内装やテーブルセッティングも判断の材料になる。
例えば折柄や無地で白のテーブルクロスを使う店はお値段高めで、薄い色の無地クロス、チェック柄などの柄物クロス、紙製クロスとなるにつれて大衆店になる。ワイングラスやナイフ、フォークがフルでセッティングされている店は当然高く、ナイフレスト(箸置きのナイフ・フォーク版)を使う店は大衆店だ。また、料理ジャンルを問わず、テーブルにカスターセット(調味料や紙ナプキンを置く台)や取り皿が置かれている店は値段の心配をしなくていい。
この手の値段の手がかりはほかにもいくつもあるが、長くなるのでこのへんで。大事なのは店頭をよく観察して、中はこんな感じで、こんな客層で、こんな料理が出てくるだろうという予想を立てることだ。中に入って予想が当っていれば、それで良し。外れた場合は、どこで判断を間違ったのかを考える。
これを繰り返しているうちに、自分なりの飲食店判別基準が育っていき、ハズレが少なくなる。扉を開けてあまりにも自分が望んでいた店と違うようなら、「あっ、すみません。お店を間違えました」と言って立ち去ればいい。店の人間はこんなことをいちいち気にしない。ひとり外食の上達には少々の図々しさも必要だ。
「ひとりで何をしていいのか分からない」という人には、飲み食いに集中することをおススメする。会食のときは、会話に忙しく、実はそれほど真剣に料理や酒を味わっていないことが多い。ひとりで外食するときは、目の前に出てきた料理の盛り付けや彩りの美しさ、料理の温度、香り、食感、味を、五感を総動員して楽しんでほしい。
「織部の小鉢の緑とカボチャの黄色が美しいコントラストで食欲をそそるな。ん、こっちの料理の酸味は何の柑橘だろう? 苦味がいいアクセントになっているな。これに合う日本酒は何だろう?」。そんな具合に料理人が料理に込めた意図を読み取るつもりで飲み食いすれば、決して退屈などしない。
男のひとり外食にスマホは似合わない
「この料理、酸味がとても爽やかですね。これに合う日本酒をいただけますか」と料理人に話しかければ、「ありがとうございます。これ、実は沖縄のシークワーサーを使ったんですよ」なんて答えとともに、料理と酒の相性に関する興味深い話を聞けるかもしれない。
ただし、忙しく働く料理人にのべつ幕無し話しかけるのは止めたほうがいい。小さな店で、1人しかいない料理人を話相手として独占してしまう客がいるが、これは店からも他の客からも嫌われる。
お酒のお代わりを注文したいときでも、料理人が忙しそうに調理しているなら、ひと段落するまで声をかけずに待つ。その気遣いは、目端の利く料理人なら必ず気付き、「いい客
だ」と思ってくれる。店から大事にされれば、ひとり外食はさらに充実する。
最後に、退屈だからと言って、男のひとり外食にスマートフォンは似合わない。「ひとりの時間を愉しくできる者でなければ、ふたりの時間も愉しくできない」。筆者が敬愛する作家の言葉である。職場や家庭のしがらみから離れて、いささかの人恋しさを自覚しながら、自分で自分を楽しませる。それがひとり外食だ。ポケットか鞄の奥にスマホはしまっておこう。
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