個人崇拝を否定した鄧小平を否定する習近平

 習近平は共産党独裁を堅持しつつ、ITを使いこなし、矛盾を抱えたまま、次のステージに上がろうとしている。自身の権威を高めようとしており、毛沢東時代の個人崇拝を否定して改革開放へと舵を切った鄧小平を否定している。

 筆者はどうしてもジョージ・オーウェルの小説『1984』を思い出してしまう。『1984』の舞台となる国では思想や言論が厳しく統制されており、国民は昼夜を問わず監視されていた。さらに思考を単純化し、思想犯罪を防ぐために作られた新言語の使用を強いられる。語彙が極端に少なく、新言語が普及すると反政府的な思想を表現できなくなる。中国ではピンイン(ローマ字表記)や簡体字が普及し、若い人は漢字の意味や語源に余り興味を示さなくなっている。

 もっとも中国の民衆の多くは強いリーダーと自国の大国化すなわち中華民族の復興を歓迎している。監視が強化されても抜け道がどこかにあると都市部の知識層は高を括っており、路上カメラによる監視やSNSの監視は米国と似た状況だと受けとめている(実際は異なる)。中国の民衆は「上に政策あれば下に対策あり(上有政策、下有対策)」と割り切っており、共産党とのつばぜり合いを今後も続けていくだろう。

矛盾を抱えた国々との駆け引きを矛盾を抱えた日本はできるか

 中国の動きは世界中のあらゆる地域とあらゆる国を巻き込む。欧米諸国もASEAN 諸国も、利の見通しがある限り、人権問題や領土問題の優先順位を少々下げ、中国に付き合って行く姿勢をとる。そこには国と国との駆け引きがある。

 中国を牽制できる力を持っている米国も矛盾を抱えている。トランプ大統領は移民が米国人の仕事を奪っていると言うが、人口の14% を占める移民が他の米国人がやりたくない仕事に従事し、米国を支えている実態がある。

 一方、日本の矛盾は1881年に福沢諭吉が『時事小言』で指摘したことそのものだ。福沢は「日本にとっての大事は国力を増強し、独立主権を目指すこと」と言った。それから140年近くが経とうとしているが実現されていない。安全保障を米国に頼りながら日本は独立国のように振る舞ってきた。この矛盾を放置したまま、別の矛盾を抱えた中国や他国と交渉し、21世紀を乗り切っていけるとは思えない。

(本記事は『2018世界はこうなる The World in 2018 (日経BPムック)』からの転載です)

好川一(よしかわ・まこと)氏
インターブリッジグループ代表取締役社長。米IT 企業やコンサルティングファームにおいて米国や中国で活動。2006年、「境界に発生する種々の課題解決を目指す」コンサルティング会社としてインターブリッジグループを米国で創設。2007年に上海、2012年に台湾へ展開。日本企業の海外拠点などに向けて、事業戦略の立案や情報システム導入を支援している。人財育成の一環として創設以来インターンシップを通じた現地学生の採用を続けている。

英The Economistの別冊「The World in 2018」日本版の独占翻訳権を日経BP社が獲得、「2018 世界はこうなる」として発行。40カ国で毎年発行される「The World in」は信頼性のある世界予測として高い評価を得ている。朝鮮半島や中国などアジア情勢、テクノロジーがビジネスやファイナンスに与える影響、といった記事を収録。