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雇用や配属のミスマッチを「複業」で解消

田中:従来のキャリア論の前提となっていたのは単線型のモデルでした。大学を卒業してある企業に就職したら、その企業の中で経験を積み、昇進して、いずれ定年を迎える組織内キャリアモデルです。仮にこれに転職が加わったとしても、あくまで“乗り換え”という考え方だった。

 けれどこの単線型キャリアには常に「雇用のミスマッチ」というリスクがつきまとっていました。一方で、「複業」はこのリスクを軽減する、同時進行的に複数のキャリアを展開する並走型の選択肢なんですね。

西村:雇用のミスマッチだけでなく、配属のミスマッチによる不満や焦りを解消する方法になると思っています。

田中:卒業生を見ていても、雇用や配属のミスマッチがきっかけで、転職を繰り返し、悪循環から抜け出せないパターンが一番不幸だと思っています。ですからパラレルキャリアで自己実現の可能性を高めていく考え方には大賛成です。

 実は私が今、一番注目しているのが「プロティアン・キャリア」という理論です。これが「複業」を理論的に語るフレームにもなりそうだとも思っています。

 「プロティアン」とはギリシャ神話に出てくる「プロテウスの神」に由来する言葉で、日本語で表現すると「変身」とか「変芸」に近い意味です。海の神であるプロテウスが、時に炎になり、獣にもなり、自らの姿を変えて、その時に必要な力を発揮する様子から、米国キャリア研究の権威であるダグラス・ホール氏が提唱した考え方です。

 ホール氏は1976年という早期にその重要性を訴えていたのですが、今、改めて注目が集まっています。

西村:「変芸型キャリア」というとあまり聞き慣れませんが、人生100年時代を生き抜く、これからの働き方には合いそうですね。

田中:「何者にもなれる」というと一見、「器用貧乏」とも捉えられかねないのだけれど、柔軟に自身を変化させながら、経験を貯め、組織内キャリアではなく、自らのキャリアを形成していくというのがポイントなのかな、と感じています。

西村:“変身資産”を貯めるということですね。

田中:変身の前後が分断されるのではなく、蓄積した経験を生かしながら、新たな活躍の場を開拓していくようなイメージでしょうか。

 キャリアは組織に属するのではなく、個人が主体となって決めていくものです。ホール氏が強調するのは、「アイデンティティー」と「アダプタビリティー(適応力)」の2つ。個人が主体的に自分らしさを追求しながら、新たな役割に適応していく。無理やりやらされるのではダメなんですよ。

西村:採用の現場でも、いかに仕事を個人の内発的動機に合わせていくかというのが大きなテーマになっています。

 とはいうものの、会社員が仕事をする構造というのは、基本的にはすべて、会社が決めることです。どの部署に配属されるか、どの上司につくか、その上司の下でどんな仕事をするか。これらの決定に、本人の意思を反映する余地はそれほど大きくないというのも現実です。

 ただ個人の決定権が極めて限られる中で諦めてしまうのはもったいなくて、自分で100%コントロールできる仕事として始められるのが「複業」です。「会社でやりたいことをやらせてもらえない」と嘆く前に、会社の外でできることを少しでも挑戦してみる。

 それが、結果的に変身資産として認められるくらいになれば、会社のほうから「お前、こんなこともできるらしいじゃないか」と声がかかって、希望の仕事に近づく可能性が高まります。

 実際、僕も会社員時代、「複業」がきっかけで、事業開発の部署に異動できた経験があります。