最相:ここで『空白の天気図』について、読んでいない人のために簡単に説明しておいたほうがよいですね。
 1945年8月6日、広島には米軍が原爆を落とし、20数万人の命が一瞬で奪われます。そして8月15日、日本は終戦を迎えますが、1ヶ月後の9月17日、広島はさらなる災害に見舞われます。枕崎台風が上陸したのです。枕崎台風による被害総数は死者行方不明者合わせて3000人を超えたのですが、うち2012人が広島県内の死者行方不明者でした。原爆被害の陰に隠れて、歴史から見えなくなっていた広島の枕崎台風の被害に柳田さんは焦点を当て、広島地方気象台の台員たちを主人公とし、原爆と台風、ふたつの災害を観察し続けた彼らの足跡を追いかけます。

池上:そもそものきっかけは、柳田さんがNHKに入局して最初に配属になったのが広島放送局だったからですね。当然、若き柳田さんは原爆に関する取材を続けます。そのときに柳田さんは初めて原爆投下後の広島が枕崎台風で大きな被害を受けたことを知るわけです。柳田さんの中で、原爆後の広島を襲った台風は、まさに生涯を賭ける最初のテーマとして燃え続け、NHKを退局し、フリーとなった最初の大仕事として取り上げたのです。

最相:本書の中で柳田さんは、最初に広島へ赴任されたときは原爆のことしかほとんど頭になかったけれど、本社に戻ってから西日本豪雨の取材をするうちに枕崎台風が広島で甚大な被害をもたらしていたことを知った。そこから本書の取材が始まったそうですね。

人災と天災が重なったときに何ができるのか

池上:最相さんが『空白の天気図』を手に取るきっかけとなったのは?

最相:東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故のあとです。震災という天災がまずあり、そこに原発事故という究極の人災が重ねて東北を襲う。同じようなことは過去の日本になかったのだろうか、と調べていくうちに、原爆と台風が矢継ぎ早に襲いかかった広島をとりあげた『空白の天気図』にたどり着いたのです。それまでは、長らく絶版だったこともあって読んだことがありませんでした。

池上:人災と天災が重なることでさらなる災害がもたらされる。そんなとき人は何をすべきか。『空白の天気図』はある種の指針を与えてくれる本です。私は2012年から名古屋テレビで『巨大災害から命を守れ』という番組をやっています。いま、全国ネットのテレビ番組で「南海トラフ地震が起きるとどうなるか」という検証番組がときどきあったりするのですが、一般論になってしまって具体性に乏しいときがある。そんなとき、地場に根を張っている地方局が強い。南海トラフ地震は、東海地方が大きな被害を受けると言われています。そこで、名古屋テレビでは、南海トラフで大地震が発生するとどんな被害があり得るか、というのを具体的に掘り下げる。恒例の地震番組の一環で、「三河地震」について取り上げたことがあるのです。

最相:三河地震とは? 

次ページ 科学的な視点が新しい問題解決への手がかりに