ノンフィクションライター最相葉月さんと私の対談の最終回は、最相さんの私への逆取材から始まります。池上彰はなぜ東工大で授業を持ったのか? 理由は、あの東日本大震災と福島第一原発事故にありました。ジャーナリズムは、そして科学者は、科学や工学をどうやって伝えればいいのか? 2人で考えていきます。

最相:最後は、池上さんを私が逆取材しましょう。池上さんが東工大で教えられるようになったのは、2012年4月からですよね。お話があったのは2011年の秋だとうかがいました。

池上:それまでも信州大学経済学部で夏の集中講義を担当していましたし、京都造形芸術大学でもメディア論を教えていました。ただし、専任教授の肩書きで学校に所属して教員を務めるのは東工大が初めてでした。

最相:理工系の学生に教えるのも東工大が初めてだったんですか。

池上:まったくの初めてです。

最相:なぜ東工大で教えてみようと思われたのですか。

池上:2011年3月、東日本大震災が起きたあと、東京電力の福島第一原発で事故が発生しました。テレビに東京大学工学部や東京工業大学の原子炉の専門家の先生が出てきて次々と専門的な解説する。ですが、その説明が素人からするとまったくチンプンカンプンでわけがわからない。

最相:民放ですと、横に並んでいるキャスターはそれについて何もコメントしませんでしたね。

工学と生物学と倫理学の交差点で

池上:NHKだと水野倫之解説委員がきちんと解説しましたが(笑)。それはさておき、あのとき専門家の方々は、あれでもものすごくわかりやすく説明しているつもりなんだ、ということは理解できました。ただ、理系の専門家の方たちの多くが、自分が理解していることは当然周囲のみんなもわかっている、という前提で話をしている。それでは、その前提を知らないテレビの前の大半の人たちには伝わらないわけです。正直、私にも伝わらなかった。そこではたと気づいたんです。深い川の存在に。

最相:深い川、とは?

池上: 理系と文系の間に、高校で進路を決める頃から流れている、深くて暗い川です。この川に橋を架けるには、理系は文系にわかる言葉を使うべきだし、文系は数字が出ただけで尻込みすべきではないと思うようになりました。そう考えているときに、東工大から話があって「理系の学生に社会の見方のようなものを教えてもらえないか」と言われて、理系の総本山のような東工大で私と同じ問題意識を持っている先生たちがいらっしゃることに感激したんですね。それで、教授職を引き受けたんです。

最相:私は90年代後半、クローン羊のドリーとか非配偶者間体外受精が話題になり始めた頃から生命科学に関する取材をしてきましたが、生命科学の研究者の中でも特に工学寄りの方々は、わからない人にわかるように解説することをとても苦手としているなあと思っていました。もっとはっきり言うと、そもそもわかるように伝えること自体をまったく意識していない。それを強く感じてきました。
 生命科学では人体の内部に技術が入ってくる。つまり、生命に直接的影響があるわけです。

最相葉月(さいしょう・はづき)/1963年生まれ。兵庫県神戸市出身。関西学院大学法学部卒。著書に『絶対音感』(小学館ノンフィクション大賞)、『青いバラ』『星新一 一〇〇一話をつくった人』(講談社ノンフィクション賞、大佛次郎賞、日本推理作家協会賞、日本SF大賞、星雲賞)、『東京大学応援部物語』『ビヨンド・エジソン 12人の博士が見つめる未来』『セラピスト』『れるられる』『ナグネ 中国朝鮮族の友と日本』『辛口サイショーの人生案内』など。児童書に『調べてみよう、書いてみよう』。 (写真:大槻純一、以下同)

池上:たしかに工学と生物学と倫理学が交差する。

最相:ええ。受精卵を研究に利用してよいのかどうかとか、生殖医療では卵子や精子を人に提供してもよいのかどうかという議論などが始まった頃です。けれども、生命科学を扱っている専門家でも工学寄りの研究者は、コンピュータを駆使したゲノム解析などには強い関心がある一方で、研究の出口が人体や生命に関わるということ、あらゆる人が当事者になりえるのだ、という意識が低かった。その意味では、ちょっと語弊があるかもしれませんが、サイエンスの世界でも、工学系の人とは話が通じない、と言われていたりしたんです。

池上:その感じ、東工大に数年いると、ひしひしと感じますね(笑)。