池上:以前、『広辞苑』が版を新しくしたときに、新たに「いまいち」という言葉が収録されたんですね。いうまでもないですが「今ひとつ」という言葉を「イマイチ」と言い換えて一種の流行り言葉になったあとです。流行語を収録していいのかどうか、と編集部でも議論になったそうですが、「いまいち」という言い回し自体が定着したこともあって、最終的には『広辞苑』に入ることになった。すると、新版の『広辞苑』が出版されてしばらくしてから、栃木県今市市(現在は日光市)が岩波書店に感謝状を送ったんですね。「いまいち」という言葉が『広辞苑』に載って注目されたことで、その隣に載っている「今市(いまいち)」市まで注目されました、どうもありがとうございます、ということで。

最相:「いまいち」と「今市市」は、50音順で隣り合わせというだけで、なんの関連もない。たまたま「いまいち」という言葉が新たに掲載されたら、その隣の「今市市」が注目された。紙の辞書の『広辞苑』上で並んでいる関連しない言葉同士がたまたま「共鳴」を起こしたわけですね。「要素分解共鳴結合」の場として、やっぱり『広辞苑』って面白い。

うっかり読んでしまう「偶然の出合い」の先に

池上:もともと何の関連もない情報をうっかり読んでしまう、といえば、家に積まれた古新聞や古雑誌って、読んじゃいますよね。

最相:わかります(笑)。

池上:子供のころ、年に一度か二度、親に押し入れの掃除をさせられていました。押し入れの布団の下には古新聞が敷かれているんですが、それを見ると読みだしちゃうんですね。いつも読んでいる新聞とは違う面白さがあって。

最相:ええ、読みだしちゃいますね。

池上:それで全然掃除が進まない。

最相:進みませんね(笑)。でも、押入れの古新聞じゃなくても、あえてネットじゃなくて紙で新聞を読むというのは、まったく関連しないことがべたべたとレイアウトされている紙面をいっぺんにがっと把握するわけで、「紙の新聞をざっくり読む」というのは、けっこう重要な思考訓練になります。ネットだと興味のある記事しかピックアップしないから、自分と関係ない面白い記事に出くわす可能性が減ってしまうし、出くわしたとしてもあまり記憶に残らない。

池上:それは、紙の書籍でもいえることですね。本棚にずらっと本を並べている。そこに並んだ本の背表紙をぼんやり見ていると、思わぬ着想を得られることがあります。書店巡りをして、書棚を次々と眺めていても、思わぬ本に出合ったり、思わぬアイデアが浮かんだりすることがある。「偶然の出合い」は、新しいことを考えるうえではとても大切だと思います。

最相:本と言えば、東工大の学生に1回目の出席を取ったとき「最近読んで面白かった本を書いて」と言ったのですが、みんな本を読んでないですね。漫画でもいいですよと言ったんですが、漫画も読んでいません。

池上:私が東工大で教えてきた経験からすると、理科系大学生はますます本を読まなくなっている感じはありますね。

最相:そうですか……。ただ、今回実際に講義をして本当によかったなと思うのは、東工大の学生さんたちが物事に真摯に向き合おうとしていることを感じ取れたことです。声をかけてくださった池上さんには大変感謝しています。講義のある間はほかの仕事をいっさい止めて全力で取り組みました。ですから、学生たちからちゃんとリアクションがあったのが余計にうれしかったですね。

池上:最相さんは非常勤講師として講義を持っていただいたのですが、実は信じられないほど時給が安いんです。間違いなく「持ち出し」になってしまったのではないでしょうか。

最相:私だけの問題ではなくて、大学におけるもっともっと大きな問題ですよね。