池上:地震学以外に東工大生の反応が良かったのは?

最相:ショートショート作家の江坂遊さんがいらしたときです。

池上:江坂遊さんは、ショートショートの大家、星新一さんの唯一のお弟子さんで、現役の作家さんですね。

最相:ええ。私が星新一の評伝『星新一 一〇〇一話をつくった人』を書いた関係で、江坂さんとはおつきあいするようになったのですが、江坂さんは星新一からショートショートの秘伝を教わっていたんですね。「要素分解共鳴結合」といいます。

池上:要素・分解・共鳴・結合、とは?

最相:いろいろな言葉や文章や意味=「要素」を、いったんばらばらに「分解」し、アットランダムに並べていくうちに偶然「共鳴」するものを「結合」させ、いままでにないアイデアやストーリーにする、ということです。江坂さんを招いた時には実際に東工大の学生たちにショートショートのアイデアをつくってもらいました。普段の授業と毛色がまったく違ったからでしょう、とても熱心に参加して書いてくれました。

池上:最相さんの本で読みましたが、学生とのやりとりが実に上手ですね。「中心よりやや左手のこのあたりに優秀なひとがますね」なんて勝手なことを言いながら。

最相:江坂さんは、ショートショート以外に、落語の台本で賞をとられた方なので、舞台に上がって人とやりとりする準備に長けておられます。今回の講義も台本こそ作らなかったけど、準備をしてちゃんと練習したとおっしゃっていました。

星新一の「要素分解共鳴結合」、読み物としての広辞苑

池上:一見関係のないものを2つ並べて、新しい面白さを再発見する。江坂さんのおっしゃっていた「要素分解共鳴結合」の手法って、雑誌の編集にも通じるものがあるなと思いました。昭和の時代に『週刊朝日』を百万部雑誌にした名物編集者の扇谷正造のことを思い出したんです。扇谷正造は、新しい企画を作るとき、「論壇誌」と「女性誌」という具合にまったく関係のない雑誌を何冊もばらばらに用意して、それぞれの雑誌で人気のある著者やテーマをランダムに組み合わせて、『週刊朝日』の新企画にする、ということをやっていたそうです。作家に科学レポートをさせ、科学者に恋愛相談をさせる、といった具合ですね。あえて著者とテーマをアットランダムに並べ替えることで、思いもよらない化学反応を起こし、新しい読み物が誕生する。ショートショートも雑誌の編集も、「いままでにないもの」を生み出すときは、「要素分解共鳴結合」なんだ、と得心しました。

最相:それは今でも通用する方法ですね。その話で思い出しましたが、池上さんのお父様は晩年、病気で体の自由が利かなくなったとき、病床でずっと『広辞苑』を読まれていたそうですね。

池上:ええ、よくご存知で。

最相:辞書を「読み物」として楽しんでしまう、というのはすごい話だな、と強烈に記憶に残っていたんでいたんです。というのも「辞書を読む」というのもまた、江坂さんの「要素共鳴分解結合」につながる話だなあ、と。辞書は単に50音順で言葉が並んでいて、並んでいる言葉には50音順以外なんの関連性もありません。ある意味で、無関係の言葉が延々と並べられている。それをずっと読んでいると、頭の中でさまざまな化学反応を起こるのではないかと。おそらく池上さんのお父様は、『広辞苑』を「読む」ことでそんな頭の中での「要素共鳴分解結合」を楽しんでいらっしゃったのではないか、と想像していたんです。

池上:その感覚、私にもありますね。関係ない言葉の意味が目に飛び込んでくる。そこから新たな企画のヒントが浮かんだりする。これは、「紙の辞書」「紙の辞典」じゃないと体験できない。

最相:そうなんです。ウェブで世界がつながってしまうと、無関係でアットランダムな情報はなかなか流れてこず、むしろ他人からどんどん「関連した情報」が手元に届けられちゃうんですよね。たとえば、「アマゾン」で本を買うと、「その本を買ったあなたにはこの本もいいですよ」と関連づけた本を推薦してくれます。

池上:レコメンド機能ですね。けっこう痒いところに手が届くレコメンドをするんですよね、また。

最相:ええ。「Yahoo!ニュース」などでも、あるニュースにアクセスすると、過去の関連ニュースが表示されます。自分でわざわざ探しに行かなくても、関連性を考えなくても、どんどん「関連情報」が手元に押し寄せてくる。

池上:す、すみません、「Yahoo!ニュース」に「関連情報の意味を明記して表記したら」とアドバイスしたのは私です(笑)。

最相:なんと、「犯人」は池上さんだったんですね(笑)。こうした情報の関連づけは、ITの普及とビッグデータの解析によって容易になって、それはもちろん役には立つのですが、ややもすると欠けてしまうのが、「関連のない組み合わせ」「偶然の出合い」です。関連情報が過剰な時代に、ITの牙城ともいえる東工大の講義で、「要素分解共鳴結合」の話が理系学生に興味を持ってもらえたというのはよほど新鮮だったからかもしれませんね。