「総理大臣の胸先三寸でご破算」とはいかがなものか

 憲法学では、69条に縛られない内閣の解散権を認めつつも、一方で、党利党略、内閣の一方的な理由による解散はやはり不当だとして、総理大臣の解散権行使が許されるケースとして、「69条の場合」「総選挙の争点でなかった新たな重大な政治課題に対処する場合」「内閣が基本政策を根本的に変更する場合」などに限るべき、としている。

 これまでの憲法審査会で民進党の武正公一氏は前回の衆議院解散を「『いまのうち解散』とされたことは解散権の乱用」と発言している。

 また法学や政治学などの専門家でつくる「立憲デモクラシーの会」も、前出のイギリスの例を引きながら解散権を見直すべきだとする見解を公表した。

 内閣(総理大臣)には69条の場合に限定されない自由な解散権があるとして、それが無制限にいつでもOKというのは、憲法学云々を脇に置いても直感的に疑問がおきないだろうか。衆議院選挙は多大な費用と人手が要る。そうやって国民が総動員して投票したものが、敢えて言えば総理大臣の胸先三寸でご破算になる、というのはどうなのか。

 内閣の解散権が69条にのみ限定されないとしても、党利党略にもとづく恣意的な解散は許されないということは、7条の「国民のために」という文言からも理解されよう。このような憲法の精神を尊重してきた慣行を「憲法的習律」という。

 内閣の解散権の行使についてどのように考えるのか。この機会に各政党、各議員に今一度確認したい。

*1月20日公開「改憲の論点3:抑止力としての憲法裁判所の意義」に続く