判決の読み上げを、大貫正一弁護士は父・大八弁護士の遺影を入れた胸ポケットに手を当てながら聞いていた。大八弁護士は昭和46年に病気でこの世を去っていた。それは親子二代に渡る執念が実った瞬間だった。

 実は正一氏は大八氏の実子ではない。正一氏は義務教育を卒業すると日雇いの仕事をしながら農業高校を卒業し、中央大学法学部の二部に入学した(のちに昼間部に転部)。子どものころから苦労した人生だった。弁護士になり、勤めた先の大貫大八弁護士に子どもがおらず、見初められて養子になった。そういう己の苦労が、弱い人の立場でジャガイモだけの弁護士料だけで最高裁まで争う姿勢につながったのではないか。私の問いに大貫弁護士は「さあ、それはどうでしょうね」と柔らかい笑みでかわすだけだったが。

「私ごと忘れてしまいなさい」

 Aはその後、別の男性と結婚した。毎年正月になると年賀状を送ってきていたが、大貫弁護士が
 「もうそういうことはやめなさい。いつまでも私に年賀状を送ると、あなたも辛い事件のことをいつまでも覚えていることになる。私ごと忘れてしまいなさい」
 と言ってから、音信が途絶えた。今は生死も含めてどこでどうしているのかわからないという。私はあれだけ時間と労力を掛けた裁判を、依頼者のために「自分まるごと忘れろ」という大貫弁護士の姿勢に人としての優しさを見る。

 大貫正一弁護士は
 「この裁判に関われたことだけでも、自分が弁護士をやっていた価値があったと思える」
 と言う。「ひとりの女性を救えたんですものね」という私の相づちにかぶりをふった。

 「それだけじゃなく、刑法200条が違憲無効になったからだよ。そのおかげであの条文に苦しめられた人たちも救えた」

 違憲無効とされた刑法200条はその後運用されなくなったものの、刑法から正式に削除されるには1995年の刑法改正まで待たねばならなかった。
 明治憲法から日本国憲法に改正されて、もっとも価値が転換したもののひとつに、「家父長制度」からの解放がある。憲法24条1項において《婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本》と規定しているのは、そのひとつの象徴である。
 本判決も、「家父長制度」の残滓ともいえる尊属殺重罰規定を違憲無効にすることによって、たとえ親子であっても一個の人格として同等であることを宣言した。田中補足意見が親子の情愛について

《個人の尊厳と人格価値の平等の原理の上に立つて、個人の自覚に基づき自発的に遵守されるべき道徳であつて、決して、法律をもつて強制されたり、特に厳しい刑罰を科することによつて遵守させようとしたりすべきものではない》

大貫正一弁護士

 というくだりに大きく頷く人も多いだろう。今判決は結果において妥当であり、刑法200条が削除された今でも、憲法の教科書、重要判例集に記載されている。

 日本国憲法と「旧家族観」を巡る争いは平成の時代になってもまだ続いている。2013年9月、最高裁は嫡出でない子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1と定めた民法900条4号ただし書を憲法14条の平等原則に反するとして違憲無効にした。これは1995(平成7)年の最高裁が下した合憲判決を判例変更したものだ。「人と人は平等」というのは当たり前の観念だが、ではどういうことなのかと具体的に踏み込んでいくと、それはそのときの社会意識を反映して、揺れ動いていることに気づかされる。今後は同性婚も憲法の俎上に上がっていくことになるだろう。

 大貫正一弁護士は現在は弁護士業の一線を退いている。毎週、ケアセンターで碁敵に会うのが楽しみという。