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枕もとにあった股引きの紐を右手につかみ……

 《被告人は昭和四十三年十月五日午後九時三十分過ぎ頃、当時の邸宅であった○○住宅六畳の間において就寝中、被告人の傍らに就寝していたXが、突然目をさまして寝床から起き出し、茶ダンスにあった焼酎をコップに二、三杯たてつづけに飲んだうえ、寝床の上に仰向けになったまま被告人に対し、大声で「俺は赤ん坊のときに親に捨てられ、十七歳のとき上京して苦労した。そんな苦労をして育てたのに、お前は十何年も俺をもてあそんできて、この売女」といわれのない暴言を吐いて被告人をののしった》

 《被告人も目をさまして「小さい時のことは私の責任ではないでしょう。(後略)」と反駁した。すると、Xは益々怒り出し、「男と出ていくのなら出て行け、どこまでものろってやる」「ばいた女、出てくんなら出てけ、どこまでも追ってゆくからな、俺は頭にきているんだ、三人の子供位は始末してやる。おめえはどこまでものろい殺してやる」などと怒号し、半身を起こして突然Xの左脇に座っている被告人の両肩を、両手でつかもうとする姿勢で被告人に襲いかかってきた。

 被告人はこれを見てとっさに、前記九月二十五日以来被告人がなめてきたいくたの苦悩を想起し、Xがこのように執拗に被告人を自己の支配下に留めてその獣欲の犠牲とし、あくまで被告人の幸福を踏みにじって省みない態度に憤激し、同人の在る限り同人との忌まわしい関係を絶つことも世間並みの結婚をする自由を得ることもとうてい不可能であると思い、この窮地から脱出して父Xより前記の自由を得るためには、もはやXを殺害するよりほか、すべはないものと考え、とっさに両手で被告人の肩にしがみついてきたXの両腕をほどいて、同人の上半身を仰向けに押し倒したうえ、寝床の上に中腰で起き上がったまま左手でXの左側からその上体を押え、枕元にあった同人の股引きの紐を右手につかみ、これを同人の頭の下にまわして、その頭部にひとまわりするように紐を巻きつけたうえ、その両端を左右の手に別別に持って同人の前頸部付近で交差させ、自己の左足の膝でXの左胸部付近を押えて、紐の両端を持った前記両手を強く引き絞って同人の首を締めつけ、よって同人をしてその場で窒息死するに至らして、これを殺害した》

 大貫弁護士は一審の審理に手応えを感じていた。

 「3人の裁判官が証人尋問で非常に親身になって聞いてくれたんですよね。これでなんとかいけるんじゃないかみたいな感覚がありました」

 一審判決は刑法200条は違憲無効、過剰防衛により刑の執行を免除する、というものだった。弁護側の100点満点の判決が出た。
 だがすぐ控訴され、二審の東京高裁では逆に刑法200条は合憲、懲役3年6月の実刑判決という逆転有罪の判決が出た。
 裁判では一審の判決を高裁が保守的な観点から逆の判決を出すことはよくある。最高裁まで行くのは最初から予想していた展開だ。

 「高裁の判決はそんなものだろう、最高裁は弁護士出身の判事もいるから、戦えると思ってた。自信はなかったけれどね」

 しかし審理の過程で大貫弁護士は「いけるのではないか」という感触を持つ。
 ひとつは最高裁が審理の場を裁判官が5人で審議する小法廷から、15人全員で審議する大法廷に切り替えたこと。小法廷から大法廷への切り替えというのは、最高裁が大きな憲法判断を下す際に必ず行われる。従来通りの合憲判決なら、そのまま小法廷で審議すればいいはずだ。
 最高裁調査官の態度も違った。最高裁調査官とは、判事の下で判例を調べたり、関係者から聞き取り調査をする。ときには判決の下書きを書くこともあり、調査官の心証は判決内容に影響を与えることもある。

 「ふつうなら形式的に1回ぐらいしか聞き取りしないのに、何回か話を聞いてくれました。その聞き方も非常に親切でね、あ、これは判例を変更するかもしれないと目の前が明るくなるような気持ちでした」

 さらに最高裁では異例とも言える弁論(弁護士が上告趣意を法廷で直接、裁判官に訴えること)の機会も与えられた。大貫正一弁護士はそこで改めて事件の特異性を強調した。

 《被害者(=Xさん)は十四歳になったばかりの純真な被告人を、しかも実子である被告人を暴力で犯したばかりか、爾来十五年も夫婦同様の生活を強いて被告人の人生をじゅうりんする野獣に等しい行為に及んでいるのであります。被告人と被害者の間に出生した子からみれば被害者は父であり被告人は母であって、両者は同列の直系尊属であります。又被害者の感情の中には、被告人に対して既に子としての愛情は片りんもなく、妻妾としての情感のみであったのであります。

 特に被告人が恋人との結婚の許しを乞うてから以降の被害者の行動の中には、子に対する父親らしい愛情はみじんも見い出すことができず、唯嫉妬に狂乱する夫のというより男の姿のみしか認められないのであります。ここに至っては被害者は父親としての倫理的地位から自らすべり落ち、畜生道に陥った荒れ狂う夫のそして男の行動原理に翻弄されているのであります。

 刑法二○○条の合憲論の基本的理由になっている『人倫の大本・人類普遍の道徳原理』に違反したのは一体誰でありましょうか。本件においては被告人は犠牲者であり、被害者こそその道徳原理をふみにじっていることは一点の疑いもないのであります。本件被害者の如き父親をも刑法二○○条は尊属として保護しているのでありましょうか。かかる畜生道にも等しい父であっても、その子は子として服従を強いられるのが人類普遍の道徳原理なのでありましょうか。本件被告人の犯行に対し、刑法二○○条が適用されかつ右規定が憲法十四条に違反しないものであるとすれば、憲法とは何んと無力なものでありましょうか》

 弁論は何度も練習し、当日は大いに緊張したという。「畜生道」という強い言葉は上告趣意書になく弁論で付け加えた。後半、「ありましょうか」と3回も畳みかける訴えは印象強く、私は「名演説」の一種だと思う。

 果たせるかな、1973(昭和48)年4月4日、最高裁は判例を変更して、刑法200条は憲法14条に違反して無効、と判決した。そして刑法199条のもと情状を酌量して懲役2年6月、執行猶予3年の刑をくだした。弁護側の勝利である。

《刑法二〇〇条は、尊属殺の法定刑を死刑または無期懲役刑のみに限つている点において、その立法目的達成のため必要な限度を遥かに超え、普通殺に関する刑法一九九条の法定刑に比し著しく不合理な差別的取扱いをするものと認められ、憲法一四条一項に違反して無効であるとしなければならず、したがつて、尊属殺にも刑法一九九条を適用するのほかはない。この見解に反する当審従来の判例はこれを変更する》