議会への不信感が強い米、司法への不信感が強い仏

アメリカの代表的な憲法の教科書。ちなみにアメリカには日本の「六法全書」のような法律をまとめた本はない

 興味深いのは、このときのルーズベルト法案は最低賃金法や長時間労働規制法など、現在の社会福祉国家観では是認される法律だったことだ。これを連邦最高裁は契約自由の原則(雇用主と被雇用者がどのような労働契約を結ぼうが自由)から違憲としたのである。司法積極主義は必ずしもリベラリズムを表すわけではない。

「連邦最高裁の判決が全て国民全員に支持されてきたわけでもありません。たとえば1980年代後半、国旗を冒涜することを規制する法律がテキサス州にありました。共和党の党大会でレーガン大統領に抗議する人が国旗を燃やしてその罪に問われたとき、連邦最高裁は『国旗を燃やすことも表現の自由だ』と、その法律を違憲にしたんです。合衆国国民と政治家が怒って連邦法で同様の法律を作ったら、またそれも違憲無効にしました。私の印象では、世論全てを敵に回すような判決は出しませんが、世論が半々に割れているようなときは、そこに真っ向から斬り込んでいくような判決を出すのが連邦最高裁です」

 なぜ連邦最高裁がこれほど強気でいられるのかというと、アメリカは伝統的に議会への不信感があるからである。イギリス植民地時代、アメリカ入植者が参加していないイギリス議会で、入植者に対する課税法が次々と成立して、入植者たちは苦しめられた。議会は人民を苦しめる法律を作るときがある、というのがアメリカの伝統的な議会観であり、そのストッパー役として、司法に期待がある。

 この逆がフランスで、フランスは違憲立法審査権は通常の司法裁判所とは別の憲法裁判所に与えている。これはかつて裁判官職が金で売り買いされ、貴族の特権を保護してきたことから司法に対する国民の不信があるからである。

 また日本の最高裁判事では考えられないが、連邦最高裁判事は国民的人気もあると、阪口教授は指摘する。

「たとえば大きな書店に入ると、必ず連邦最高裁判事の伝記を集めたコーナーがあったりするんです。今の連邦最高裁判事は小粒ですが、歴史的には個性的で滋味豊かな人物が大勢いました」

 連邦最高裁判事は法廷でお互いを「ブラザー」と呼び合う特殊な共同体で、ユニークな存在である。

 たとえばリベラル派判事として連邦最高裁判事を最長の36年間も務めたウィリアム・O・ダグラスは旅行が趣味で、およそ20冊もの旅行記を残している。

「バイロン・ホワイトは裁判官になる前はプロのアメリカン・フットボール選手でした。選手でロースクールの学費を貯めて、それから法律家になってキャリアを積んだのです」

 女性初の連邦最高裁判事となったサンドラ・オコナーは映画のモデルにもなった。

 アール・ウォーレンもリベラル派判事の代表格で、彼が長官となって連邦最高裁を率いた時代を「ウォーレン・コート」と呼ぶ。公立学校での人種差別的政策に違憲判決を下した「ブラウン判決」は、アメリカ裁判史上名判決のひとつと評価される。だが元々ウォーレンは保守派の共和党員で、カリフォルニア州知事も務めていた。

「アイゼンハワー大統領が二期目を目指すとき、同じ党内のウォーレンが最大のライバルだと言われていました。それでアイゼンハワーは彼を連邦最高裁長官に任命したんです。そうすることで大統領選のライバルを消し、かつ連邦最高裁に保守派の人物を送り込める一石二鳥のアイデアのつもりだった。とろこがウォーレンは連邦最高裁に入った途端、リベラルになっちゃった(笑)。アイゼンハワーが大統領を退くときの記者会見で、大統領時代の後悔した判断を聞かれて、『ウォーレンを最高裁長官に指名したこと』と答えています」