「死者の手」による支配を認めるか、権威と法的安定性を重視するか

 合衆国憲法の改正には、まず両議院の3分の2以上の発議、もしくは全州議会の3分の2以上の要請で招集された憲法会議によって発議され、そののち、全州議会の4分の3以上の同意、または4分の3以上の州における憲法会議の同意が必要になっている。国民投票は必要ないが、改正の難度でいえば相当高い。

「ここは合衆国憲法を作るときに、いわゆる『建国の父(ファウンディング・ファーザーズ)』の間で大きな議論になったところです。独立宣言の起草者で後の第三代大統領であるトマス・ジェファーソンは、改正規定を緩く作るべきだと主張しました。改正を難しくしてしまうと、憲法制定時の意思に未来まで束縛されることになる。それは『死者の手』による支配を認めることだというジェファーソンの言葉は有名です。一方のジェイムズ・マディソンは憲法の権威と法的安定性から、改正を難しくすることを主張しました。結局、マディソンの意見が通り、このような規定になったのです」

 改正の難度が高いわりには、最初の大規模な憲法改正は憲法制定から3年後に行われている。これも憲法制定時の事情が背景にある。

 もともとアメリカは「州憲法」があったり「州兵」がいることからもわかるとおり、州の自治意識が強い。それらを束ねるために、中央集権的な法として「憲法」の制定が考えられた。だから合衆国憲法のオリジナルである第1条から第7条までは、連邦政府と州政府の権限分配、連邦政府の統治機構しか書いていない。これがフェデラリスト(連邦主義者)と言われた人々の考え方だった。

 だがアンチ・フェデラリストたちはそのような中央政府のあり方に疑念を持ち、自分たちの人権を保障する規定も憲法に書くように求めた。フェデラリストたちはこの主張を受け入れ、合衆国憲法制定にアンチ・フェデラリストたちが同意することと引き替えに、3年後に修正第1条から修正第10条までの人権規定を付け加えたのである。これを「権利章典」と呼ぶ。

 ちなみにアメリカで銃乱射事件が起きるたびに銃規制が論議されるが、そこで反対派が主張する「銃の保有はアメリカ市民の人権」というのは、このときに追加修正された修正第2条にこうあるからだ。

《よく規律された民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し携帯する権利は、これを侵してはならない》

 銃の保有は建国当時からアメリカ市民の人権なのである。規制の難しさがわかるだろう。

 そのあとの重要な改正は修正第13条「奴隷制度の廃止」(1865年)、修正第14条「合衆国市民の権利」(1868年)、修正第15条「選挙権における人種差別の禁止」(1870年)の3カ条である。南北戦争を経て奴隷制度が廃止になり、それを受けての改正だ。合衆国を再建することから「再建条項」とも呼ばれる。

 興味深いのは女性の権利の取り扱いである。修正第15条で選挙権の人種差別の禁止を規定しているが、ここに女性は含まれていない。女性に選挙権が保障されるのは修正第19条「選挙権における性差別の禁止」(1920年)まで待たねばならない。また日本国憲法第14条のように、性差別の明文禁止規定もない。

「1920年に女性に選挙権を保障したのは、第一次世界大戦があったからです。男が戦地に行くので、内地に残る女は銃後の守りをちゃんとやってくれよ、という感じでできました」

「性差別禁止規定を作ろうという機運は1960年代に盛り上がったんですが、改正に必要な数の州議会の同意が得られず改正にいたりませんでした。現在は合衆国連邦最高裁が修正第14条の解釈で運用しています。日本国憲法の第14条はGHQで働いていたベアテ・シロタという女性の発案なんですが、性差別禁止規定はアメリカにもない新しい人権規定だったとわかります」