「老舗の温泉旅館」のような合衆国憲法

合衆国憲法は1788年に成立した世界最古の成文憲法と呼ばれる(ただし異説あり。後掲阿川氏著作)。230年近い歴史のなかで、憲法改正を求める提案は1万2000件を超えるといわれており、そのうち発議に至ったのが33カ条、改正にまで至ったのが27カ条である。
条文数はわずか34だが、予備知識を持たずに読んでいくと混乱する。第1条第1節に「立法権、二院制」を定めてあるのだが、それからしばらくいくと、今度は修正第1条なるものが現れて、政教分離や表現の自由など人権を規定した条項が現れる。第1条の連邦議会の権限や構成を定めた条文を修正したのが、なぜ人権の話になっているのか?? 第1条と修正第1条の関係がわからない。
私の素朴な疑問に阪口教授が笑った。
「わかりにくいでしょう。合衆国憲法は世界的にも珍しい形式を取っていて、成立時のオリジナルの条文が第1条から第7条までで、そのあと改正で条文を加えるごとに『修正第○○条』と書き加えるんです。オリジナルが7条、改正したのが27条、それで合計34条となるんです」
つまり「修正第1条」とは「1条を修正」した条文ではなく、「1回目の改正で加えた条文」のような意味なのである。
さらにわかりにくいのが、「修正の修正」があったりすることだ。たとえば1919年に成立した修正第18条は「酒精飲料の製造等の禁止」を定めている。禁酒法時代の憲法の条文だ。それが1933年に成立した修正第21条第1節に《合衆国憲法修正第18条は、これを廃止する》と書いてある。
「普通だったら廃止したり書き換えたら、条文を削ったり文言を上書きするでしょう? 合衆国憲法はそのまま残すんです」
――なんでそんなややこしいことをするんでしょうか。
「わかりません(笑)」
合衆国憲法は老舗の温泉旅館のようである。本館(旧館)のあと新館やら別館を建て増しして渡り廊下でつないである。渡り廊下を進んでいっても、使われていない部屋がある。
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