一度見送られた「事後の違憲審査」が認められた理由

 フランスの憲法改正で委員会が作られたのはこのときが初めてではない。ミッテラン大統領のときにも通称「ヴデル委員会」が作られ、93年2月に報告書がまとめられたが、憲法改正には至らなかった。

「08年の改正で実現した憲法院による事後の違憲審査は、93年のヴデル委員会でも出ていた論点です。そういう議論の蓄積があるから、93年時点では見送られても、問題点が党派を越えて共有され、08年に改正が実現できたんです。有識者会議がまとまって提案をし、いろんな議論が出て、コンセンサスがまとまっていくという軸がある。報告書をまとめて残しておいた意義がありました」

 憲法院の事後的違憲審査というのは、法律の公布前にしかできなかった憲法院の違憲審査を、公布後、つまり事後にもできるように改正したことである。フランスの憲法改正は主に統治機構、国の組織について行われる。時代につれ国の組織、制度に不都合が出てくると改正して憲法をバージョンアップして対応する。合理的な憲法の運用だと私は思う。

議論の共通の基盤さえない日本の改憲論争

 翻って我が国の政府の改正への取り組みを見てみると、このような透明性は確保されているのだろうか。自民党憲法改正草案について、今年9月、石破茂・前地方創生相は党総務会で、「草案は野党時代に出したが、当時(議論に)参加した国会議員が少ない。各議員によく内容や経緯を説明すべきだ」と指摘したという(朝日新聞9月28日)。党内ですらこういう意見が出てくるのである。

 またバラデュール委員会のようなものが作られたこともない。衆参両議院では「憲法審査会」が設置されているが、委員は全員政治家である。

「日本では法律を作るときに有識者会議を立ち上げて専門家を含めた議論をするのですが、なぜか憲法だけは国会議員の専権事項のようになっていて、参考までにちょっとだけ憲法学者を呼んで話を聞いて終わり、みたいな形になっています。フランスのように専門家を集めて集中的に議論する場を設けるべきではないでしょうか」

 曽我部教授はさらに、市民参加型の「討論型世論調査」の開催も提案する。討論型世論調査とは、市民をランダムに呼び、討論用の資料を提供し、専門家からのレクチャーも受けた上で議論して、最後に市民の意見をまとめていく方式である。

「議論をする共通の基盤をまず与えるのが重要です。そうでないとイメージだけでものごとを言うことになってしまう。昨年の安保法制のときは、その法律ができるとすぐ戦争になるんだという主張されている方が、政治家を含めて少なからずいて、ちょっと飛躍しすぎではないかと思いました。賛成も反対も両極端な人が多いのは、共通の基盤を有していない、ということです」

 共通の基盤がないまま、政治家、市民同士が「護憲派」「改憲派」とお互いにレッテルを張り合い、感情論で改憲論を論じているいまの状況は、日本国憲法にとって「不幸」だと言わざるを得ない。

 「憲法改正の流儀」、次回はシリーズ最終回の「アメリカ編」をお届けする。


【主な参考文献】
曽我部真裕「憲法改正を考える 論議の共通土台 出発点に」(「日経新聞」2016年6月9日)
吉田徹「『大統領化』の中のフランス憲法改正」(駒村啓吾・待鳥聡史編「『憲法改正』の比較政治学」弘文堂、所収)
南野森「憲法変動と学説 フランス第五共和制の一例から」(同上)
樋口陽一「『共和国』フランスと私」(つげ書房新社)
佐藤史人「憲法改正権力の活躍する『立憲主義』」(「世界」2016年11月号)
高橋和之編「世界憲法集 第2版」(岩波文庫)
曽我部真裕・見平典編著「古典で読む憲法」(有斐閣)