普遍的原理なき改憲が招く「暗黒郷」

 そこで曽我部教授が例に挙げたのが、ハンガリーの新憲法(ハンガリー基本法)だ。そのハンガリーの現在の状況を、佐藤史人・名古屋大学准教授が『世界』11月号で、「憲法改正権力の活躍する『立憲主義』」と題してレポートしている。その内容は衝撃的だ。

 ハンガリーでは2010年の選挙で中道右派政党を中心とする改憲勢力が議会の3分の2を獲得し、10年から11年にかけて13回の憲法改正を行った。これだけ改正が容易に成立するのは、1院の3分の2の賛成があれば改憲が成立する規定だからである。国民投票もない。

 その改正は、メディアや憲法裁判所といった権力の抑制機能を持つ制度や存在を弱体化する内容を含むものだった。さらに2011年5月、政権は新憲法(ハンガリー基本法)を成立させる。基本法もさらに改正し、人権分野で憲法裁判所が違憲と判断した法律を憲法規範に組み込む「違憲の法律の憲法化」まで行われている。興味のある人はぜひ読んで欲しい。

 曽我部教授は

「普遍的原理が共有されていない社会で憲法改正が行われたことで現れた、ディストピア(暗黒郷。ユートピアの反対の意)です」

と評する。

 ちなみに佐藤論文によるとハンガリー基本法の理念は《ハンガリーの歴史的民族的背景にこだわり、家族や共同体など集団の役割を強調する》という。

過去24回も改正された第五共和制憲法

 では「熟議」とはどのように行われるべきか。この点に関してもフランス憲法改正史は、私たちに教訓を与えてくれている。

 現行の第五共和制憲法の改正はこれまで24回行われてきて、その直近の改正は08年に行われたものだ。39ヵ条が改正され、9条が新設という大規模な改正だった。

 改正に先立ち、当時のサルコジ大統領はその中身を検討する委員会を立ち上げた。その名前は委員長に指名された元首相の名前を取って、バラデュール委員会と呼ばれる。バラデュール委員会は憲法学者を中心に、憲法院元院長、政治家などがメンバーになった。彼らは大統領から渡されたアジェンダ(検討課題)について約半年間理論的な検討を加え、また関係者へのヒアリングも重ね、それを一冊の報告書にまとめた(写真)。その報告書は2、3センチほどの厚さがある。議会はその報告書を元に議論を重ね、その過程も明らかにした上で憲法改正を行ったのである。

バラデュール委員会(右)とヴデル委員会の報告書。改正論議の蓄積は誰でも入手できる
バラデュール委員会(右)とヴデル委員会の報告書。改正論議の蓄積は誰でも入手できる

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