3対2で前田の請求を認めた最高裁

 最高裁大三小法廷の5人の裁判官は、3対2で前田の請求を認めた。その決定はこうある。

《性別の取扱いの変更の審判を受けた者については、妻との性的関係によって子をもうけることはおよそ想定できないものの、一方でそのような者に婚姻することを認めながら、他方で、その主要な効果である同条(注:民法772条)による嫡出の推定についての規定の適用を、妻との性的関係の結果もうけた子であり得ないことを理由に認めないとすることは相当でないというべきである》

《したがって、A(前田の子ども)について民法772条の規定に従い嫡出子としての戸籍の届け出をすることは認められるべきであり、Aが同条による嫡出の推定を受けないことを理由とする本件戸籍記載は法律上許されないものであって戸籍の訂正を許可すべきである》

 前田の主張通り、戸籍変更した者でも変更していない者と同じ取扱いをすべきであるというシンプルでかつ当たり前の内容である。

 多数意見のうち、木内道祥裁判官はさらに多角的に分厚い補足意見を書いていた。そのなかに「子の利益の観点から」という指摘がある。

《子の利益という場合、抗告人(前田)らの子にとっての利益だけでなく、今後に生まれるべき子にとっての利益を考える必要がある》

《子の立場からみると、民法772条による嫡出推定は父を確保するものであり、子の利益にかなうものである。嫡出推定が認められないことは、血縁上の父が判明しない限り、父を永遠に不明とすることである。夫がその子を特別養子としたとしても、そのことは変わらないし、出生後に夫婦間の意思の食い違いが生ずると子が特別養子になることも期待できない》

 民法がなぜ嫡出子推定を規定しているかというと、子の身分関係の法的安定性をはかったもので、それが子の利益につながるからである。木内の指摘はこの法の趣旨に沿ったものであり、性別変更に拘泥した一審二審に欠けていたものである。ちなみに木内は、最高裁において夫婦同氏制度の合憲性が問われた裁判では、憲法24条に反するとの立場であった。

日本国憲法で家族について触れているのは24条のみ

 私は当初、今回はセクシャルマイノリティ(性的少数者)の人権について書こうと考えていた。だが前田とその家族を取材するうちに、これはセクシャルマイノリティの人権問題であると同時に、私たちの家族観が問われているのではないかと考えるようになった。

 日本国憲法で家族について触れているのは憲法24条のみである。

《憲法24条 1 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない》

 だが24条について詳細に解説する憲法の教科書はほとんど見受けられない。憲法の教科書のスタンダートといえる故・芦部信喜東大名誉教授の「憲法」(岩波書店)も24条について解説をしていない。

 そこにこの4月に注目すべき教科書が出版された。渡辺康行・宍戸常寿・松本和彦・工藤達朗らドイツ憲法について詳しい4人の憲法学者が共著になった「憲法Ⅰ 基本権」(日本評論社)である。そこに「第20章 家族」として、24条が論じられていた。執筆者の宍戸常寿・東京大学大学院法学政治学研究科教授は、こう話す。

「今まで憲法の授業で24条を独立して講義することはあまりされていませんでした。平等原則を規定した14条の特則という位置づけをしたり、憲法の歴史を概説する中で、大日本帝国憲法の『家』概念を否定する24条の理念があるとか、大日本帝国憲法から日本国憲法への転換を明確にするものとして紹介するくらいです」

 それがこの本では章立てをした理由が2つある。

「まずこの本の前提として、ドイツ的な解釈で書いてみようという試みがありました。ドイツ流のやり方だと条文解釈をきちんとやらなければならず、当然、24条の解釈も独立に取り上げなければいけません」

「さらに最近の憲法改正の議論のなかで、家族の問題が浮かんできた事情もあります。現代社会の動きが急で、立法的な対応がいちばん遅れているのも家族です。そこで家族の問題が憲法問題として裁判所に持ち込まれるケースがここ最近増えています。婚外子の相続問題、女性の再婚禁止規定などです」

 婚外子の相続問題とは、2013年9月に非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1と定めた民法900条4号ただし書を、最高裁が憲法14条により違憲無効にした判決である。また2015年12月16日には、最高裁は女性が6カ月間再婚できないとした民法の規定を違憲無効とした。さきの前田のケースも最高裁は憲法判断をしていないが、判例解説などでは憲法14条の問題として取り上げられている。

「改正論のなかでも家族論が天皇制とか単なる復古主義とは違う形で浮かび上がってきています。それに対して憲法研究者も、きちんと憲法現実なり判例実務を踏まえて、家族の問題について一定の認識をくくりださなければならないという思いが私にありました。そもそも憲法が家族の問題についてなにを保障しているのか、裁判所が憲法問題としてどういう判断を立てようとしているのか、前向きに示さなければならない。そこで常識的な憲法解釈の枠をこの本の中で示した、というわけです」