容易に人権が奪われる日本

 この国はいったん「絶対少数者」の立場に滑り落ちると、憲法の枠外に放り出され、容易に人権が奪われる。ハンセン病問題だけでなく、ホームレス、障がい者、「見えない貧困」と呼ばれる子どもの貧困、原発事故の被災者など、いまだに十分な憲法の保障を受けていない人々がいる。そしてそれらの人々の存在を知りながら、私たちは見て見ぬ振りをしている。

 たとえば大学までの教育の無償化が改憲テーマのひとつとして浮上している。だがこの国の子どもの6人にひとりが貧困層におり、給食が一日の唯一の食事だったり、その給食費が払えない子どもの存在が社会問題化している。彼らの憲法25条の生存権や同26条の教育を受ける権利がないがしろにされている状況を知りつつ、なぜ高等教育の無償化の改憲論が始まるのか、私には全く理解できない。高等教育を無償化できるような大きな財源があるのなら(日本維新の会の片山虎之助議員は参議院で4兆3000億円の試算と発言している)、それはまず26条の義務教育の無償化を徹底するために給食費の無料化に当てられるべきではないだろうか。

 この国は主権者の私たちが憲法を通じて統治している。いかなる政治家の改憲論も私たちに対する「ご提案」に過ぎず、決めるのは私たちだ。だからこそ、私たちは憲法が守られているのか、憲法保障がこの国の隅々にまで十分に届いているのか、監視する責任がある。「見て見ぬ振りをする私たち」とは、そのことを念頭に置いている。

 今年で憲法施行70年、私たちは改めて憲法をいかに「使う」のか考えなければならない。それが主権者たる私たちの責任であり、ハンセン病違憲国家賠償裁判から得なければならない教訓だ。日本国憲法下において、もう二度と断じてあのようなことがあってならない。